大好きな作家さんの展示会

SNSを通じて知ったイラスト作家さんが今度自分の住んでいる地域で個展をすると発表されました!とっても嬉しいです!
やわらかいタッチでたまにマンガも載せているのですがそれがまたすごく優しい話でいつも心がほっこりします。なんか元気ないなぁって日もその方の作品を見るとすごく癒されます。
これまでSNSに載せていた作品は既に何冊も本になっていて全部購入しました!
今度の展示会では生の作品が見れるのも嬉しいし、作家さんご自身に会えるみたいですごく楽しみです!SNSで「ファンです」って伝えるのも良いですが、直接会ってファンだと伝えられるのは嬉しいですね。どんな方なのか楽しみです♪
せっかくなので何か差し入れ的なプレゼントを渡したいのですが荷物になるようなものは迷惑かもしれないし、生ものも絶対に良くないし、お花とか贈りたいけど持って帰るの大変だよね…とかいろいろ迷ってしまっています。まだ展示会の日までしばらく日がありますから雑貨屋巡りしてピンときたものにしようかな?こういうプレゼント選びもわくわくしますね。
そういえばこの展示会では物販もされるそうです。作家さんオリジナルの缶バッチとかTシャツとか。ちょっと幼いかもしれませんが大ファンなので色々買ってしまいそうですw

字を書くということ

手書きが好きです。お手紙やはがき、メニュー表やPOP…書いた人の人柄が見えるような気がするし、なんとなくぬくもりを感じます。今時誰かに何かを伝える時はメール(…すらも古いかもしれませんが)ばかりで、誰かに手紙を出すことも、何かゆっくり手書きすることも減りました。パソコンやスマホで送る方がずっと便利で早いですしね。
でもこういうのばかり使っていると変換になれてしまってどんどん字を忘れていっちゃいそうですよね。書かないと字も下手くそになってっちゃうのかな?
そんなことを考えて、先日お気に入りだったノートとペンに好きな歌詞や小説のフレーズを書いてみました。字を書くってけっこう疲れます(笑)書き終わった後は「私、字下手だなぁ」なんて思いながらも、なんか気持ちがスッキリしたりして。ただ言葉を聴いたり、眺めたりするだけより、ちゃんと自分の手で書いたほうが自分の中に入っていった気がします。そう言えば昔女優さんで台本は書いて覚えるって言っていた人がいました。書いてるうちにどうしてこの言葉なのかとかその風景や背景を自然と考えていて、いつもならさらっと流してしまうようなことも書くことで一字一字しっかりかみしめるのかもしれませんね。次はお気に入りの詩を書いてみようと思います。こうしていつか写経とか始めるのかな(笑)

図書館で見つけたとっておきのイベント

図書館を訪れる時、必ずと言っていいほど入り口にあるラックを見ることにしています。そこには私が住む市区町村でおこなわれるイベントに関するチラシが置かれているからです。落語や国際交流、ワークショップに美術展情報と様々な企画を知ることができるので非常に重宝しています。また行政でおこなわれるので比較的安く参加できるのも嬉しい限りです。
先週末いつものようにラックを見てみたら、格別に素敵な情報を印刷したチラシが置かれていました。それは丘の上にある歴史ある洋館で行われる読書の夕べというイベントについてのものでした。テーマはミステリーとのことで、それぞれ思い思いの推理小説を持ち寄り建物内のレストランで軽食とお酒やコーヒーを飲みながら読書を楽しむ企画でした。またピアノ演奏もあるとのことでなんとも素敵な時間を過ごすことができそうです。こんな粋なイベントがおこなわれているとは露知らず驚いたのも事実でした。しかしながら開催日を見たら予定が入っていて参加できそうになかったことが残念で仕方ありません。もし今後もこの企画が開催されるのであれば、次回は必ず参加したいと思っております。
楽しい事を見つけてゆくことは「身の回りには素敵なことが溢れている」という発見をもたらしてくれると同時に日々の暮らしに潤いを与えてくれています。これからも貪欲に人生を楽しむべく、図書館通いを続けてゆく所存であります。

洋裁と辛辣な会話と女の園

洋裁教室を営んでいる家族を描いた小説を読んでいます。この作品は女系家族の中にいる息子の視点で語られており、彼の目線がとても繊細でしなやかなところがお気に入りでもあります。父は彼が幼い頃に買い物に行ったまま帰ってこず、祖母と母が洋裁を生業にして生計を経てています。二人が作る洋服はとても凝っていて、ワンピースやウェデングドレスのデザインがとても丁寧に描かれています。そのためじっくりと読み、登場するお洋服達がどんなものなのかを想像することに余念がありません。ウェストのギャザーの寄せ方や袖や丈など、工夫されたデザインはハンドメイドならではの魅力だと感じます。もしこんなお教室が近所にあったなら、私も通っていたかもしれません。
この小説は戦後まもない時代を描いており、当時の女性達にとって裁縫は今よりも事欠かせない存在だったのだと感じました。確かに私の知人の年上の女性達の中にも、若い頃お教室に通っていた方々が何人もおります。そして今もなお、自分でチュニックやスカートを縫い続けていることを聞くと「お裁縫が出来るって素敵」と感じるものです。
さてこの小説に出てくる女性達はけっこう辛口です。お客様や当時の映画のヒロインに対してもかなり辛辣なことを言います。これもまた今も昔も変わらない、日常的な光景だと思うものです。しかしながら、この小説に出てくる毒舌はただ辛いだけではなくユーモラスと知的さが散りばめられており、思わずニヤリとしてしまうことも少なくありません。同時に子供の頃に母に連れられて行った近所のおうちで、おやつを食べながら大人達がおしゃべりしていた光景が頭に浮かぶのでした。

アートを仕事にする人々

美術鑑賞をすると気持ちが洗練されるものです。芸術に囲まれていると、創造力が沸いてきて、アーティストになったような錯覚と不思議なパワーが胸のうちに広がるような感覚を覚えたりもします。だからこそ芸術鑑賞は辞められないと思うことも少なくありません。
数日前にもっとアーティストのことを深く知りたいと思い、美大について書かれた本を読みました。油絵、彫刻、日本の古典的なアートなどを学ぶ学生達の姿を綴ったこの本は、美術と共に生きる人々のことが詳しく書かれていて、興味深かったです。そしてアートを仕事にしようとする者の心意気や生き様が少し分かったように感じました。
まず一つに彼らは暮らしをもアートにしてしまうような独創性を持っていて、それが強い個性となり作品に生かされています。また感性を研ぎ澄ますために日頃から意識を高めること、人と違う思考を大切に温めながらそれを高める努力をしていると感じたし、自分らしさや社会での窮屈さを楽しんでしまうような遊び心を持ち、それを活用することが上手なのだと思いました。色々な苦悩を製作のパワーに変える心意気は私も学びたいと強く感じたものです。これから先も新しい才能がどんどん世に放たれることを期待しつつ、私もアートとの出会いを育んでゆきたいと強く願ったのでした。

生で聴きたいアフリカのオーケストラ

いつもはロックやブラックミュージックを聴くことが多いのですが、ちょっと優雅な時間を過ごす時にクラシックを聴くことがあります。ドラマチックな世界観を織りなすその音楽からは、果てしない想像力を掻き立たされると共に心の落ち着きを獲るものです。
そんなある日、演奏会でクラシックを聴く機会が訪れました。それはジャズミュージシャンがクラシックを奏でるという企画で、独自の世界感を持つアーティストが織りなす壮大な音楽は、いつも部屋で聴くものとは一味も二味も違ったものでした。どこか自由で魂を揺さぶられるステージは、体中のアドレナリンがたくさん分泌するような高揚感を与えてくれたため、会場で味わったあの気持ちは今でも強く心に残っています。
今何故そんなことをふと思い出したかというと、ある一冊の本を読んだからです。それは小説家が書いたエッセイで、日記形式で纏められた随筆からは時折訪れるクラシックコンサートのことが書かれており、著者が海外で観たアフリカのオーケストラのことが私の心に強く残っております。なぜならば彼らの演奏は、心に刻まされているあのジャズバンドの音楽ととても似ているように感じたからです。そのため生きている間に一度は、エッセイで紹介されたオーケストラの演奏会に行ってみたいと強く思ったのでした。もし日本に来日することがあれば、どんなに遠いところでも絶対行こうと意気込んでおり、いつか出会えることを楽しみにしております。

ホーロー鍋でスタイルッシュな料理をしたい

最近ホーロー鍋を購入したいという密かな願望が沸き起こっています。それは煮込み料理にはまっているということも大きな要因です。おでんやポトフや煮物など、たくさんの具材をコトコトとじっくり煮込むレシピは手間もかからず栄養満点です。また土鍋の代用としても利用できるのではと考えており、一年中様々な用途で使いこなしたいと思っています。そんなこんなで家電量販店やスーパーの調理器具コーナーに毎週末のように通うようになりました。そもそもなぜこんなにも「鍋熱」が急上昇したかというと、綺麗でおしゃれな女性達のキッチンを紹介した本を読んだことがきっかけでした。クリエイターやミュージシャン、モデル出身の女優さん達の台所はおしゃれで素敵な空間です。取り分け印象的だったのは、この本が発売された当時流行っていたフライパンを愛用している率が非常に高かったことでした。料理評論家が手掛けたフライパンはどんな料理にも使えるようで、本に登場する女性達がこぞって使っていました。とても美味しそうなレシピをそのフライパンで作っているということを語っており、やはり道具にこだわりを持つことは大切なのだと思ったのでした。フライパンとは異なりますが、私も念願のホーロー鍋を手にいれて、彼女達のようにスタイリッシュで美味しいご飯を作りたいという熱い気持ちで頭の中はいっぱいです。

自由と躍動感溢れるクラシックコンサート

先日コンサートを観に出掛けました。訪れた公演は大所帯のジャズバンドがクラシックを演奏する企画でした。彼らのライブは何度も観てきましたが、今までにない楽曲の数々を聴くことができたことはとても楽しい時間でした。また席も前から2列目の中央ということもあり、ステージをくまなく拝見することができたことはよい思い出です。
さてこのバンドはジャズを演奏する人達ですが、ステージには大きな画面に映像が映し出され、ダンサー達も登場します。踊り手はみな美しく少々面白い小ネタ満載の衣装を着て、のびのびと踊っていたことが印象的でした。また前の方の席ということもあり、表情や体の動き、飛び散る汗までもが目に飛び込んできました。躍動的であり、のびのびと動く姿からは人間の美しさを垣間見ることができたのでした。それは曲を自由にアレンジしているミュージシャン達からも知ることができ、私の心の奥に眠る情熱的な自由への憧れが動き出すような感覚を味わいました。特に有名なクラシック音楽をジャマイカンレゲエのようなリズムで奏でた時は、目の前にカリブ海が浮かんで南の島にいるような錯覚に陥ったものです。こうしたことからこの日の公演は、型にはまらないこと、目の前にあることを独自の視点で楽しむことを学ぶことができた素敵な時間だったと感じています。
以前、今は亡きジャズ評論家がこのバンドのことを取り上げた記事を読んだことがあります。その方を時折ライブ会場でお見掛けしたこともありました。あの日の演奏をあのジャズ評論家にも味わって欲しかったとどこか感慨深い念が沸き起こっています。

女の怖さから学ぶ人の奥深さ

手段を択ばず本気で獲物を捕らえようとする女性は、気合いが入っており恐ろしいものです。そこに執念が加われば、恐ろしさは倍増するのではないでしょうか。先日読んだ小説には、そんなちょっと怖い女性が登場します。可愛らしいルックスやほんわかした表向きの表情とは裏腹に、強く敵対視するライバルに対しての顔は全く異なっておりました。そのため「絶対敵にまわしたくない」と心から思い、少し身震いをしたものです。
しかしながらその反面、ここまで徹底した表と裏を使い分ける術を持っていることに少し羨ましくも思う私がいました。こんな風に振る舞うことができたら、怖いものなしだと感じたからです。そして読み進めてゆくうちに、彼女がこうした行動をとる深い味を知ったのでした。そこには大切な人を失った苦しみや悲しみが潜んでいました。
人は簡単には変わらないと思う反面、心に宿る消すことができない大きな悲しみにうちひしがれた時、変化することは必然的であり、たやすくもあると感じました。また同時に喜びや幸せによって、いくらでも人は変わることができることも学んだのです。こうしたことから人間の奥深さを改めて感じと共に、他者に対する考え方や受け入れ方を改めて考えさせられたのでした。

夕餉の父と娘を描いた詩

先日、久しぶりに詩を読む機会がありました。私はたまに無性に詩を読みたくなることがあり、そんな時には図書館で詩集を借りてその世界に耽ることにしています。その魅力は小説やエッセイとは一味も二味も違い、短い文章の中に著者の気持ちが込められているところだと感じています。また自由な目線で感情を表現しているところに親近感が湧き、お気に入りの作品は何度も繰り返して読むこともしばしばです。
今手元にある作品は、父と娘の夕餉の時間のことを書いたものです。4歳位の可愛いらしい娘と料理をする父のやり取りは、ほのぼのとした中にあるちょっとした棘が書かれています。それはイライや小言であり、二人の心に溜まったわだかまりをぶつけ合います。しかしながらご飯を食べる時にはそんな気持ちは落ち着き、のほほんとした時間が流れるのです。どこにでもある家族の姿と人の機微がしっかりと描かれているところが、この詩の好きなところです。
誰しもがいつだって穏やかに生きてゆける訳ではありません。そのためちょっと溜まってしまった苦い気持ちを吐き出すことは大切なことですし、それを言い合える相手がいることもまた生きやすくするのではないかと感じます。そこに愛情が籠ったご飯があれば、もう何も言うことはないのかもしれません。極々当たり前の日常を描いたこの作品は、まさに絶品という言葉がぴったりだと感じました。

小説なんて書いたことないし…と思っているアナタ!難しく考えずに、まずは気軽に書いてみる!それがケータイ小説の楽しみ方でもありますよ★