洋裁と辛辣な会話と女の園

洋裁教室を営んでいる家族を描いた小説を読んでいます。この作品は女系家族の中にいる息子の視点で語られており、彼の目線がとても繊細でしなやかなところがお気に入りでもあります。父は彼が幼い頃に買い物に行ったまま帰ってこず、祖母と母が洋裁を生業にして生計を経てています。二人が作る洋服はとても凝っていて、ワンピースやウェデングドレスのデザインがとても丁寧に描かれています。そのためじっくりと読み、登場するお洋服達がどんなものなのかを想像することに余念がありません。ウェストのギャザーの寄せ方や袖や丈など、工夫されたデザインはハンドメイドならではの魅力だと感じます。もしこんなお教室が近所にあったなら、私も通っていたかもしれません。
この小説は戦後まもない時代を描いており、当時の女性達にとって裁縫は今よりも事欠かせない存在だったのだと感じました。確かに私の知人の年上の女性達の中にも、若い頃お教室に通っていた方々が何人もおります。そして今もなお、自分でチュニックやスカートを縫い続けていることを聞くと「お裁縫が出来るって素敵」と感じるものです。
さてこの小説に出てくる女性達はけっこう辛口です。お客様や当時の映画のヒロインに対してもかなり辛辣なことを言います。これもまた今も昔も変わらない、日常的な光景だと思うものです。しかしながら、この小説に出てくる毒舌はただ辛いだけではなくユーモラスと知的さが散りばめられており、思わずニヤリとしてしまうことも少なくありません。同時に子供の頃に母に連れられて行った近所のおうちで、おやつを食べながら大人達がおしゃべりしていた光景が頭に浮かぶのでした。

アートを仕事にする人々

美術鑑賞をすると気持ちが洗練されるものです。芸術に囲まれていると、創造力が沸いてきて、アーティストになったような錯覚と不思議なパワーが胸のうちに広がるような感覚を覚えたりもします。だからこそ芸術鑑賞は辞められないと思うことも少なくありません。
数日前にもっとアーティストのことを深く知りたいと思い、美大について書かれた本を読みました。油絵、彫刻、日本の古典的なアートなどを学ぶ学生達の姿を綴ったこの本は、美術と共に生きる人々のことが詳しく書かれていて、興味深かったです。そしてアートを仕事にしようとする者の心意気や生き様が少し分かったように感じました。
まず一つに彼らは暮らしをもアートにしてしまうような独創性を持っていて、それが強い個性となり作品に生かされています。また感性を研ぎ澄ますために日頃から意識を高めること、人と違う思考を大切に温めながらそれを高める努力をしていると感じたし、自分らしさや社会での窮屈さを楽しんでしまうような遊び心を持ち、それを活用することが上手なのだと思いました。色々な苦悩を製作のパワーに変える心意気は私も学びたいと強く感じたものです。これから先も新しい才能がどんどん世に放たれることを期待しつつ、私もアートとの出会いを育んでゆきたいと強く願ったのでした。

生で聴きたいアフリカのオーケストラ

いつもはロックやブラックミュージックを聴くことが多いのですが、ちょっと優雅な時間を過ごす時にクラシックを聴くことがあります。ドラマチックな世界観を織りなすその音楽からは、果てしない想像力を掻き立たされると共に心の落ち着きを獲るものです。
そんなある日、演奏会でクラシックを聴く機会が訪れました。それはジャズミュージシャンがクラシックを奏でるという企画で、独自の世界感を持つアーティストが織りなす壮大な音楽は、いつも部屋で聴くものとは一味も二味も違ったものでした。どこか自由で魂を揺さぶられるステージは、体中のアドレナリンがたくさん分泌するような高揚感を与えてくれたため、会場で味わったあの気持ちは今でも強く心に残っています。
今何故そんなことをふと思い出したかというと、ある一冊の本を読んだからです。それは小説家が書いたエッセイで、日記形式で纏められた随筆からは時折訪れるクラシックコンサートのことが書かれており、著者が海外で観たアフリカのオーケストラのことが私の心に強く残っております。なぜならば彼らの演奏は、心に刻まされているあのジャズバンドの音楽ととても似ているように感じたからです。そのため生きている間に一度は、エッセイで紹介されたオーケストラの演奏会に行ってみたいと強く思ったのでした。もし日本に来日することがあれば、どんなに遠いところでも絶対行こうと意気込んでおり、いつか出会えることを楽しみにしております。

ホーロー鍋でスタイルッシュな料理をしたい

最近ホーロー鍋を購入したいという密かな願望が沸き起こっています。それは煮込み料理にはまっているということも大きな要因です。おでんやポトフや煮物など、たくさんの具材をコトコトとじっくり煮込むレシピは手間もかからず栄養満点です。また土鍋の代用としても利用できるのではと考えており、一年中様々な用途で使いこなしたいと思っています。そんなこんなで家電量販店やスーパーの調理器具コーナーに毎週末のように通うようになりました。そもそもなぜこんなにも「鍋熱」が急上昇したかというと、綺麗でおしゃれな女性達のキッチンを紹介した本を読んだことがきっかけでした。クリエイターやミュージシャン、モデル出身の女優さん達の台所はおしゃれで素敵な空間です。取り分け印象的だったのは、この本が発売された当時流行っていたフライパンを愛用している率が非常に高かったことでした。料理評論家が手掛けたフライパンはどんな料理にも使えるようで、本に登場する女性達がこぞって使っていました。とても美味しそうなレシピをそのフライパンで作っているということを語っており、やはり道具にこだわりを持つことは大切なのだと思ったのでした。フライパンとは異なりますが、私も念願のホーロー鍋を手にいれて、彼女達のようにスタイリッシュで美味しいご飯を作りたいという熱い気持ちで頭の中はいっぱいです。

自由と躍動感溢れるクラシックコンサート

先日コンサートを観に出掛けました。訪れた公演は大所帯のジャズバンドがクラシックを演奏する企画でした。彼らのライブは何度も観てきましたが、今までにない楽曲の数々を聴くことができたことはとても楽しい時間でした。また席も前から2列目の中央ということもあり、ステージをくまなく拝見することができたことはよい思い出です。
さてこのバンドはジャズを演奏する人達ですが、ステージには大きな画面に映像が映し出され、ダンサー達も登場します。踊り手はみな美しく少々面白い小ネタ満載の衣装を着て、のびのびと踊っていたことが印象的でした。また前の方の席ということもあり、表情や体の動き、飛び散る汗までもが目に飛び込んできました。躍動的であり、のびのびと動く姿からは人間の美しさを垣間見ることができたのでした。それは曲を自由にアレンジしているミュージシャン達からも知ることができ、私の心の奥に眠る情熱的な自由への憧れが動き出すような感覚を味わいました。特に有名なクラシック音楽をジャマイカンレゲエのようなリズムで奏でた時は、目の前にカリブ海が浮かんで南の島にいるような錯覚に陥ったものです。こうしたことからこの日の公演は、型にはまらないこと、目の前にあることを独自の視点で楽しむことを学ぶことができた素敵な時間だったと感じています。
以前、今は亡きジャズ評論家がこのバンドのことを取り上げた記事を読んだことがあります。その方を時折ライブ会場でお見掛けしたこともありました。あの日の演奏をあのジャズ評論家にも味わって欲しかったとどこか感慨深い念が沸き起こっています。

女の怖さから学ぶ人の奥深さ

手段を択ばず本気で獲物を捕らえようとする女性は、気合いが入っており恐ろしいものです。そこに執念が加われば、恐ろしさは倍増するのではないでしょうか。先日読んだ小説には、そんなちょっと怖い女性が登場します。可愛らしいルックスやほんわかした表向きの表情とは裏腹に、強く敵対視するライバルに対しての顔は全く異なっておりました。そのため「絶対敵にまわしたくない」と心から思い、少し身震いをしたものです。
しかしながらその反面、ここまで徹底した表と裏を使い分ける術を持っていることに少し羨ましくも思う私がいました。こんな風に振る舞うことができたら、怖いものなしだと感じたからです。そして読み進めてゆくうちに、彼女がこうした行動をとる深い味を知ったのでした。そこには大切な人を失った苦しみや悲しみが潜んでいました。
人は簡単には変わらないと思う反面、心に宿る消すことができない大きな悲しみにうちひしがれた時、変化することは必然的であり、たやすくもあると感じました。また同時に喜びや幸せによって、いくらでも人は変わることができることも学んだのです。こうしたことから人間の奥深さを改めて感じと共に、他者に対する考え方や受け入れ方を改めて考えさせられたのでした。

夕餉の父と娘を描いた詩

先日、久しぶりに詩を読む機会がありました。私はたまに無性に詩を読みたくなることがあり、そんな時には図書館で詩集を借りてその世界に耽ることにしています。その魅力は小説やエッセイとは一味も二味も違い、短い文章の中に著者の気持ちが込められているところだと感じています。また自由な目線で感情を表現しているところに親近感が湧き、お気に入りの作品は何度も繰り返して読むこともしばしばです。
今手元にある作品は、父と娘の夕餉の時間のことを書いたものです。4歳位の可愛いらしい娘と料理をする父のやり取りは、ほのぼのとした中にあるちょっとした棘が書かれています。それはイライや小言であり、二人の心に溜まったわだかまりをぶつけ合います。しかしながらご飯を食べる時にはそんな気持ちは落ち着き、のほほんとした時間が流れるのです。どこにでもある家族の姿と人の機微がしっかりと描かれているところが、この詩の好きなところです。
誰しもがいつだって穏やかに生きてゆける訳ではありません。そのためちょっと溜まってしまった苦い気持ちを吐き出すことは大切なことですし、それを言い合える相手がいることもまた生きやすくするのではないかと感じます。そこに愛情が籠ったご飯があれば、もう何も言うことはないのかもしれません。極々当たり前の日常を描いたこの作品は、まさに絶品という言葉がぴったりだと感じました。

続きが観たくてそわそわしてしまうドラマ

ある作家の小説が原作となったドラマを観ました。この作家が手掛けた小説を何冊か読んできましたが、どれも一度読み始めると止まらなくなるほどにスリリングで、最後にものすごくいい意味で裏切られるストーリーが病みつきになると言っても過言ではありません。そんな理由もあり、時折たまらなく欲してしまうことがあります。そのためドラマ化されたDVDをショップで見つけた時、即座に手にしてレジへ向かったのでした。まだ5話完結のうち2話までしか観ていませんが、突き付けられる衝撃的な内容と殺人事件を犯した女性の恐ろしさに、心が凍りながらも既にドラマの魅力にとりつかれてしまったように感じます。また5人の同名の女性達が絡み合ってゆく物語なのですが、私の大親友が同じ名前ということもあり妙な親近感が生まれてしまうのは私だけでしょうか。
この作品を通して出会いは、人生に大きな影響を与えることを改めて学びます。犯人は相当な悪女のようで、出会う者達を地獄のどん底へと引き釣り落としてしまうようです。そこには他者の心を惹きつけたら離さない怪しい魅力と類まれな才能があると感じました。
そして5名の女性の運命がこれからどんな風に交わってゆくのかを思うと、先ほど観終わったドラマの続きが気になってしまい、何だかそわそわしております。近々DVDを借りて、早くその先を観ることが今の私の最大の楽しみとなりつつあるのでした。

旅先の不運な出会いがもたらしたこと

「旅に出ること」は新しい発見をすることだと感じています。そのため失恋した後や今置かれている環境をリフレッシュしたい時には非常に効果的なのではないでしょうか。昨日読んだ短編小説を通して、それを再確認したのでした。この作品に登場する女性は彼との別居を解消するか否か悩んでいました。その答えを出すべくギリシャへ旅に出ます。欧米人達がバカンスを楽しむために訪れる島でもあるそうで日本人に巡り会うことは少ないようですが、不運にもケンカばかりしている母娘と出会い一緒に食事をすることになるのでした。言い争いばかりする親子と供にテーブルを囲み食事することは、苦痛以外の何物でもありません。ましてや再スタートを目論む旅でそんな母娘との遭遇はできれば避けて通りたいものです。また行く先々で彼女達に出会うのですから、これはあまりいい動向ではないと感じました。付きまとう娘に嫌気が差した主人公は「供に行動したくない」意向を伝えますが、またもや遭遇してしまい一緒にボートに乗ることになるのでした。しかし何をしていてもぶつかり合う親子の姿を見ていて、自分が彼氏との関係から逃げていることを気付かされます。親子でも分かり合うことが出来ないことは多々あるのに、彼とケンカをすることも向き合うこともせずにいたと悟るのでした。
恐らく日本でこの親子に出会ったとしても、共に食事をして行動をすることはなかったと思います。主人公がその後どうしたかまでは描かれていませんが、別れるにせよやり直すにせよあの母娘との遭遇が大きく影響したと思います。当初は不運に思えましたが、これもまた何かの縁だったのかもしれないと感じたのでした。

嵐の日には本と濃厚な時間を

朝目覚めた時には燦燦と太陽の光がさしていたにも関わらず、気が付くと外はものすごい雨が降っていました。これは今から数か月前のことだったと思います。太陽の光の中、にわか雨が降る光景が素敵だなと思っていた矢先、外は思いも寄らぬ悪天候へと変わっていったのでした。私はおうちに引きこもり、朝からうだうだしながらゴロゴロしていました。こんな天候の時は無理に外に出ずに、おうちでまったりするのが一番だと朝からもはや諦めモード。そのかいもあってか読書が思いのほか進んだのでした。買いだめをしておいた本達を枕元に置いて、ひたすらそれらのページをめくっていました。こんなにも集中力が出るのかというほどに、本との濃厚な時間を過ごせたことはとても貴重だったと思います。そしていきなり思い立って大掃除をして、押し入れから書籍を取り出して、もう一度読み返したい作品をまた枕元に置いてみました。「これだけあれば、あと数日間はこの生活が送れるかも」と思い、一人含み笑いをしました。
最近少々忙しない日々を送っているせいか、あの雨の日のことがとても懐かしく思います。またあんな風に読書と向き合う事ができる時間がやってくることを考えながら、暮らしております。

小説なんて書いたことないし…と思っているアナタ!難しく考えずに、まずは気軽に書いてみる!それがケータイ小説の楽しみ方でもありますよ★