くちなしの香り

道を歩いている時やふと窓を開けた時に季節の移り変わりを感じることがあります。それは空に浮かぶ雲の形であったり、どこからか漂ってくる植物の香りであったりと様々ですが、変わりゆく四季を肌で感じると気持ちが研ぎ澄まされるものです。
今読んでいる小説には、下町で暮らす主人公が五感で感じる季節がとても丁寧に記されています。金木犀、桜、睡蓮などで表現される描写は、まるで私が物語の中にすっぽりと入って肌で感じているような気持ちにさせてくれます。作品の中で私が最も印象的だったのは「くちなし」について書かれた描写でした。この花は白くて可愛らしくてとってもよい匂いがします。6月の入梅時期に花が咲くため、くちなしの香りが遠くから漂ってきたことで雨の季節が到来したことを知ることもしばしばです。こんなにもくちなしが心にあるのは、今から3年ほど前の6月に苗木を購入したからかもしれません。たまたま通りかかったフラワーショップの軒先に売られていた小さな鉢に植わった苗木に魅了され買いました。日当たりがよい窓辺で育てていたこともあり、翌年可憐な花を咲かせ私の部屋はとってもよい香りに包まれたのでした。そしてこの小説を読んでいたら、無性にあの香りが恋しくなりました。いつの日かまたしっとりと咲く可憐な花に出会えることを楽しみに日々の生活を送っております。

一度はお目に掛かりたいプリンアラモード

小説を読んでいたらプリンアラモードが出てきました。山に囲まれた少ない人口の村にある唯一のケーキ屋さんのショーウインドーにこのスイーツが並んでいる光景が描かれていたのです。いい具合に絡んだ香ばしいキャラメルソースと可愛らしく盛り付けられたサクランボなどの果物とホイップされた生クリームのイマジネーションはどんどんと膨らんでいきました。ケーキ屋さんに行くと他のケーキを購入することが多いため、あまり気に掛けることが無かった商品でしたが、この小説を読んだ時元祖プリンアラモードを提供する老舗ホテルのことが鮮明に記憶の中を駆け巡ったのでした。それを知ったのは定食屋さんについてのエッセイ集でした。定食好きの筆者が調べ上げて足を運んだ店を紹介した書籍で一時期よく読んでいたものです。このエッセイに港町にある歴史あるホテルのレストランが掲載されていました。ここはプリンアラモード発祥の地でもあるそうです。白いお皿に盛られたそのスイーツの写真を見た時、生きている間に一度は食べたいものとして心に刻んだのでした。あれから年月が経ちましたが記憶の奥底にしっかりと焼き付いていたようで、プリンアラモードへのまっすぐな気持ちは今でも健在です。そしていつかこの港町を訪れた時に高級感溢れるレストランであの可愛らしいスイーツを堪能しようと誓ったのでした。

古本との向き合い方を極めるために

古書店は本好きにとってかけがえのない場所です。お店に一歩足を踏み入れて、商品が陳列されている棚を眺めながら「これ」といった作品に出会うあの喜びは一度味わうとやみつきになるからです。こうしたささやかな感動を味わうことが生活に根付き始めた頃、興味深いエッセイを手に入れたのでした。それは古書をこよなく愛するライターが、古本屋巡りについて記したものでした。店を訪れた時のマナーやとってもおきの書籍の見つけ方など、どれもとても勉強になるものばかりでした。特にマナーについては日常的にも心掛けておきたい内容だったことが胸に刻まれています。例えば大きな荷物は極力持って行かないようにすること、もし持って入るのであればレジの人に預けることが好ましいなど愛する本との付き合い方と群衆の場でのマナーはどこか似ていると感じたものです。またその日最初に「欲しい」と思った品物は躊躇せず購入することで、その日の戦利品調達に大きな影響力があることなどその道を極めていなければ分からないことが盛りだくさんでした。こうしたことから、本との出会いの面白さを改めて気付かされたのでした。近々古書店へ出向き思い存分買い物を楽しもうと目論んでいます。

小さくて可愛いらしい緑の葉っぱに思いを馳せて

自然は時として驚異をもたらしますが、私達の生活に豊かさを与えてくれるものでもあります。ある晴れた朝のこと、玄関先に置かれていた鉢植えのハーブが枯れてきていることに気付きました。それを発見した時切ない気持ちになりながら、植木バサミで枯れてしまっている葉と茎を切り落としたのでした。枯れていた葉が無くなり土と少しのハーブだけになってしまった大きな鉢植えを見た時、小さくて濃い緑の葉が幾つも顔を出していることに気付いたのでした。その小さくも美しい葉から生命力を感じ、私の心に強いパワーを感じました。移り変る命を感じる場がこんなにも近くにあったことに嬉しく思ったし、幸福感を抱きよいことが起きそうな予感がしたのでした。
動物や植物は素直で本能的です。自然の営みの中で生きるためには、私達人間のように躊躇したり考えたりするよりも直感で動くことで命を守ってきたからです。以前読んだ小説にも、人と自然の興味深いエピソードが書かれていました。人里離れた山に籠り数ヶ月を過ごした青年は激しい雨に当たりながら、生きることを問います。その激しい雨や生い茂る森の木々は彼に命の存在意義を投げかけたのでした。不安や葛藤を持った時、自然がもたらす現象や命は、私達に新しい感覚を与えてくれるものです。それは都市で暮らしていてもアンテナを張っていれば捉えることができるものだと思います。人間がこの世の全てを作っているというおごりを捨てた時に得ることが出来るものは、時に大きな影響力となり価値観をも変える力があるのではないかと感じるのです。

亡き人の面影を残す女性の物語

遥か遠い国の一室でおこなわれた朗読会について書かれた小説を読みました。ゲリラの襲撃を受けて囚われた日本人達とその国の兵士が、夜ごと自分の身に起こった体験を発表した朗読を集めた作品で、どの話もとても興味深いものでした。職業も年齢も性別も違う人々の体験談は丁寧に描かれており、日常生活の機微を描いていました。また「死と生」について語られたものが多く、遥か彼方で起こった出来事のようでもあり身近に潜んでいるもののようにも感じた不思議な作品でした。
幾つもの物語が収められている中で一番心に残っていたのは、幾度となく初対面で出会う人達に、彼らの亡くなったおばあさんに似ていると言われてきた女性の話でした。そのおばあさん達は性格も背格好も顔の造りも異なるのに、ふと醸しだれる表情や顔がその女性に似ていると他者から話しかけられます。繊細に描かれているため信憑性を感じてしまい、小説と分かっていても現実に起こっているかのように思えたことは言うまでもありません。
「亡くなったおばあさん」に似ていると語った人々の心の中に刻まれたおばあさんの存在。そしてふとした出会いから亡き祖母を思い出す機会を与えてきた語り手の女性には、生まれ持って与えられた宿命のような深いものがあるように感じたのでした。

マンガと昼寝は青春の思い出

雨がしとしとと降る午後に部屋の中で読書をしていました。お昼ご飯に味噌煮込みうどんをたらふく食べたためか、体がお休みモードと切り替わったことを覚えています。急激な眠気が襲ってきて、昼寝をしたのでした。実はじっくりと昼寝をしたのはかなり久々で、起きた時の何とも言えないだるさと頭がボーっとした感じはとても新鮮でもありました。この余韻に浸るべく布団の上で座って佇んでいたところ、頭をよぎったのは学生時代のことでした。
テスト期間は早く家に帰ることが出来たこともあり、決まって昼寝をしていたのです。勉強をしなくてはと思いながらも眠気には勝てずにベッドに入って気が付くと夕方で、お菓子を食べてテレビを観ているとあっという間に夕飯がやってきて、また眠るというかなりの怠け者だったことは言うまでもありません。
もう一つ私の青春から切り離せないものがあります。それは「マンガ」です。クラスメートや友人達と貸し借りをしており、勉強机の横にちょこんと置かれたそれらを手にしたら最後、教科書を開くことなく時間は過ぎたのでした。読んでいた作品は、少年向けコミックに連載されていた恋愛物語、男女のドロドロの愛憎劇を描いたもの、ギャグマンガとかなり幅を利かせていたことが伺えます。中でも中毒のように欲していたものは、ギャグマンガでした。個性的な男子7人組が主人公の学園コメディ、独特のシュールでユニークなキャラクター達が登場する卓球部を舞台にした青春コメディは特に私のハートを掴んだのでした。そしてあの頃読んでいたコミック達はその後の読書人生にかなりの影響力を及ぼしたと言えるのです。それは今でもパンチが効いたものや面白いものに心惹かれるからです。あの頃もっと違った時間の使い方があったかもしれませんが、「マンガ」と「昼寝」を愛していた女子だったことはよい思い出なのでした。

優しく寄り添う命宿るもの

柔らかくて温かさを感じることが出来るものを手にすると、心が満たされます。それは頭で理解するというよりも心で感じるという表現がぴったりだと思うのです。先日読んだ小説は先に挙げたような心地良さを味わうことができる不思議な優しさが込められた作品でした。せわしない日々が続いてとっても疲れてしまった夕刻の電車の中で、その優しさに触れた時涙が滲んでしまいそうになりました。それは今まで味わったことがなかった新鮮な気持ちでした。
芸術家が集まる家でお手伝いをする青年は森で出会った動物を飼い始めます。その生き物が一体何なのかもよく分からないのですが、命宿るものが持つ優しさと美しさを読み手である私に与えてくれました。言葉を発するわけではないけれど、主人公のそばで寄り添う行動からこの青年のことを全て知り受け止めているのではないかと思ったのでした。
どんなに濃厚な人間関係でも相手の全てを受け入れる事は非常に難しいものです。そこが「人」の奥深さなのかもしれません。時に上手く行かずジタバタとしてしまう人との関係を考えるとただ寄り添うだけで満たされる生き物との関係は、密度があるような気がしたのでした。
あの日の電車の中で1冊の小説から受けたあの感覚は、当時の私の状況を強く物語っていました。満たされたいという願いとそれが叶わないことがとても切なかったのでした。そんな私に温かいものに触れる時間を作ってくれた物語の存在は、今も心に寄り添い続けています。

上を目指す男のために書かれた本から学ぶこと

男性の生き方について書かれた本を読みました。この作品を購入したきっかけは「できる男とはどういうものなのか」とても興味があったからです。また女性である私自身も男の生き様とポリシーから何か得るものがあるのではないかという思いが心の底にあったことは言うまでもありません。
読み進めるうちに強く感じたことは、とにかくすごい説得力があるということでした。それは、ワイルドにたくましくあるための心得が手に取るように分かったからです。また女性向けに書かれた指南本よりも文章がマッチョなことに少々驚いたものです。そして書かれている内容はとても勉強になるものでした。例えば不景気の中で生きてゆくこと。景気の良し悪しに甘んじて時代や社会のせいにせずに、それをチャンスにしてアグレッシブな思想を持つこと。群れの中でその他大勢として安心するのではなく、己のポリシーと哲学を持つこと。これらは生きる上で得ておきたえい教訓だと思いました。この世の中には個々に課せられる仕事や役割がありますが、楽なものなどないし苦労や壁にぶち当たることは多くあります。その都度逃げるかそれを糧にするかは重要な要素だと感じました。
私の周りにはこの書籍の著者のようなワイルドな男性が少ないためか、この本で語られていることはとても新鮮に感じました。同時に本を通して学ぶ他者の価値観や思考はとてもためになることを改めて知ったのでした。

私が知っている最高に粋でクールなギャグ漫画家

今は亡きギャグマンガ家に思いを馳せることがあります。私が幼い頃、この方が書いたマンガがテレビで放映されていました。ゆるくて独特の個性を持つキャラクター達は今でも心に残っており、声や仕草までも思い出すことができます。まだ小学生だった私はテレビで放映されていた内容を断片的にしか覚えておらず、今思い出すともっとしっかり観ておけばよかったという後悔の念が残ります。しかし当時当たり前のように観ていたマンガの作者のことをよく知ったのは、大人になってからことでした。私が好きな小説家や劇作家がファンで、彼のことを語る書籍や番組などを目にしたことで、生きていた頃の逸話に出会ったからです。楽しい事が大好きで仲間とお酒を飲む時間を愛していたこと、見ず知らずの人とでも打ち解けて酌を酌み交わしていた生前の姿を知った時には、とても親近感が湧いたものです。そして私が心に最も残っているのは、「どんなに偉くなったとしても注意や助言を真摯に受け止めることが出来る人間であること」を語ったことでした。年齢を重ねると自分が歩んできた道に固執してしまうことで、よきアドバイスを無駄にしてしまうこともあるものです。それはとてももったいないことだと思います。本来ならば助言を与えてくれたことに感謝をする気持ちを持つべきだからです。でもなかなか素直には慣れない時もあるものです。幼い頃から知っているこの作家は出会う人々といつでも同じ目線で物事を楽しんでいたことを書籍などから知ることで、謙虚でいることは生きていく上でどれだけ大切なことかを学んだのでした。

川の流れに心を馳せる

夕刻の空が赤くなる美しい時間に大きな川がある町を訪れました。白を基調とした人工的な橋がかかり、そこを人々が行き来する姿を見ながら河川敷に降りて、ボーッと水辺を眺めてみました。流れはとても緩やかで心が洗われるような気分が心地よく、ずっとここに佇んでいたいと思ったものです。そんな風景を見ながら、以前観た一本の映画を思い出しました。それは波瀾万丈な女性の一生を描いた小説を映画化したものでした。心にグッとくる物語で小説も映像作品もどちらも私のお気に入りとして記憶に刻まれています。特にミュージカル仕立てで進む映画は、スリリングでかつ情熱的な素晴らしい作品でした。印象に残っているのはラストシーンに登場するヒロインが育った町を流れる川でした。大きく緩やかな線を描くその流れからは美しさと切なさを垣間見ることができて、まるでヒロインの人生のように感じたものです。この作品に出会ってからというもの、川のある風景の心地よさを知り、水辺を見つけると立ち寄るようになりました。
あれから何年もの月日が経ちましたがこの物語は私の心に深く刻まれ、時として自分の生き方に照らし合わせることもあります。そんな時には決まって水の流れる風景が頭をよぎり、懐かしい気持ちにさせてくれるのでした。それは私のささやかな宝物として心の奥にしっとりとあり続けています。