創作意欲に燃えた陶芸

以前から興味があった陶芸に挑戦しました。陶芸が趣味の女性のおうちに土や器具が揃っているということもあり、ぜひ遊びにおいでと誘われたことがきっかけでした。彼女の家のフローリングのお部屋で手を粘土まみれにしながら、まるで小学生が図工の時間に工作をするように格闘しながらも楽しい時間を過ごしました。また習うというより自由に作るという表現がぴったりで、普段使っていない脳の部分をフル活用しながら取り組んだのでした。終わった後はどっぷりと疲れましたが、創作意欲に駆られながら集中力を駆使できたことはとてもよい経験となりました。
そもそも私が陶器に興味を持つきっかけは、この日誘ってくれた女性が書籍を見せてくれたことでした。土の味があり角度によって様々な表情を見せる器を見た時、私の心は魅了されたのでした。それらは既製品にはない味があり、めくるめく素敵な器達だったのです。あの本は今でも私の脳裏にしっかり焼き付いていて、またお目にかかりたいと思っております。
ちなみにあの日手掛けた作品は窯で焼いた後に私の元に届けられます。どんな風な色目が出るのか今から楽しみで仕方ありません。きっと素人ならではの初々しいものに仕上がっているのだろうと今から思いを巡らせております。

年上の人と花を咲かせた読書談義

数週間前のこと。私よりも遥かに年上の男性とお話しする機会がありました。知人らとランチを食べた時に、たまたま前の席に座ったことがきっかけとなり読書談義に花を咲かせたのでした。その男性は学生時代から本が大好きで、定年退職された今では本を読む時間がたくさん持てるようになったと話してくれました。最近では小説も去ることながらエッセイやノンフィクションも積極的に購入しているそうで、お薦めの作品を紹介して頂いたのでした。私が兼ねてからファンだった作家やまだ一度も手にしたことのない著者の名前が登場し、会話はとても盛り上がりました。そしてここ最近読んだ中で最も面白かった書籍を聞いてみたところ、数年前に発売された会社社長の半生を綴った作品だと教えて頂きました。この方の名前と会社は以前から知っていましたが、書籍を出されていたことは初耳で非常に興味を惹かれました。起業すること、従業員と供に会社を作ってゆくこと、大金を手にすることで失うもの達など、奥が深い内容になっているようです。とても面白そうだったので帰り道にブックストアにより、その本を購入してみました。近々読み始めようと意気込んでおり、今からワクワクしております。

秋の到来を知らせる乾いた風から思うこと

季節の変わり目に吹く風や雨に心奪われることがあります。ついこの間読んだ小説には夏の終わりを告げる強い風が吹く架空の町が描かれていました。湿り気一つない強風はどこからともなく色々なものを運び、幾日も吹き続けます。そこに住む人々はこれを合図に楽しかった夏の終わりを知るのでした。こうした情景からどこにあるのかも分からない川と山に囲まれたこの町は殺伐としていながらも四季の訪れがあることで温かみを帯びていると感じました。同時に終わりゆく夏の寂しさよりも移りゆく季節があることにどこか安堵を覚えたのでした。停滞しないこと、今ある状況が進化してゆくことは暮らしに変化をもたらす大きな役割を担います。それを感じることは生きている証なのだと思いました。
日々の暮らしはいつも同じように見えますが、着実に移ろいでいるのです。それは心のかすかな動きや気候によってもたらされる感情の変化などから察することも多いものです。もし私があの小説の舞台となった町で生活をしていたら、秋の訪れは新しい生活の始まりだと悟り凛とした心持になるような気がします。乾いた風も湿った空気も今を生きるからこそ感じることができることだと考えると、身の回りにある全てのものに愛おしさが湧いてくるのでした。

ひと夏の出来事と繰り返される日々

独特な世界観を持った小説が好きです。抽象的で不思議な物語は読み手をどこか遠い町へと連れて行ってくれるからです。昨日読み終えた小説は、どこかにありそうでどこにもないところにある芸術家が集まる家を舞台にした作品でした。登場人物は少なく名前すら持っていません。またそれぞれがどんな生き方をしてきたのかも詳しくは書かれてはいませんでした。しかし読み進めてゆくうちにしっとりと心の中に作品の情景が広がってゆくことを感じます。それはまるで美しい絵画や写真を眺めているような感覚にも似ていました。
ひと夏の「家」を舞台に主人公の青年と少女と動物とそこに集まる人々との出来事が淡々と表現されており、そこには「生」と「死」と「踏み込むことが好ましくない秘密」がありました。ラストに起こる「死」からは夏の終わりを感じ、時の流れや命のはかなさを知りました。そこには死に対する悲しみよりもまた巡ってくる夏についてのことが頭に浮かび、生きるとは余儀なくされる出来事を受け入れてゆくことだと思ったのでした。
この作品を読んでいる間どこか遠くへ旅をしていたように感じていたためか、完読した時はひと夏の思い出に浸るようなセンチメンタルな気分になったものです。そして必然的に明日がやってくることを知り、自分もまたこの世界で生き続けるだと強く思ったのでした。

洗練された感覚を持つ友人から学ぶこと

先日秘書として働く友達とランチをしました。彼女はいつもさわやかで颯爽としたモノトーンファッションを上手に着こなしており、おしゃれで洗練された感覚を持つ人です。この日はオーガニックの食材を楽しむことができるカフェで食事をし、体にもよく見た目も華やかなスイーツを味わいました。まるで都会で働くおしゃれなOLの休日をイメージするような、午後の昼下がりを堪能した一時だったのでした。
勉強家で新しいものが好きなこの友人は、ここ最近参加したセミナーの話をしてくれました。カラーセラピーやお肌ケア、投資についてなど数々のセミナーに出席しており、どの話題も新鮮でした。また起業家として活躍する人や自分の才能を生かした仕事をする女性が手掛けた経済についての本もよく読むそうで、おすすめの書籍も教えて頂いたのでした。自らの道を選びそこで生きる人からは学ぶものも多いもので、こうした本に出会うことで視野が広がることも多々あります。中でもひと際魅力を感じた元CAが書いたライフスタイルについての本を今度是非読んでみようと思いました。
小説や随筆を好む私にとってこうした友達のレコメンドは読書のジャンルを広げるだけではなく、新しいことを知るよきチャンスでもあります。常日頃から自分を高める努力を怠らない彼女を誇りに思いつつ、私も未知の分野を開拓するアグレッシブさを持っていこうと心に誓ったのでした。

布製バッグを楽しむために

洋服屋さんで買い物をした時に商品を布の袋に入れてくれました。このショップは小さな商店街にある可愛らしいショップで、商品もインテリアも独自のオリジナリティがあります。購入した商品を入れた布袋もまた手作り感があり出掛ける時にサブバックとしても利用できるアイテムとして使っています。また部屋の壁にかけておくだけでもちょっとしたインテリアとして重宝するため、思いがけない素敵なプレゼントを頂いたような気分になったのでした。
その小ぶりなバッグはとても不思議な柄をしています。黄色と茶色と薄い黒達が織りなす何ともいえない幾何学な模様は一見お洋服と併せることが難しくも感じるのです。しかしながら上手に合わせれば上級おしゃれを楽しむことにも役立つため、私はおうちの本棚にある一冊の本を取り出しました。それは着物について書かれたエッセイです。著者がこよなく愛する和の世界を描いたもので、読むたびに新しい発見することも多いものです。何よりも着物と帯は柄を生かして上手に遊ぶコーディネートだとかねてから思っており、頂いたバッグをセンス良く持つ参考になると考えたのでした。そんな目標を掲げて読み返しているとなかなか学ぶことが多く、美のセンスも磨かれているような気分になったものです。ちょっとユニークな独自の柄物はシックなコーディネートに遊びを加えるし、エスニックな派手なコーディネートにも十分役立つことを知り、今ではなくてはならないアイテムとして重宝しています。以前購入した本がこんな風に役に立つことを嬉しく思いつつも、これからも斬新な着こなしを楽しんでみようと思うのでした。

にんじんの葉っぱを使ったレシピに舌鼓

数日前のことです。公営市場へ行き、葉が着いたニンジンを購入しました。それは緑の葉がたんまりとしていて新鮮で美味しそうな黄色いニンジンでした。市場の中でもひときわ輝いていたその野菜を見た時にこれを食べてみたいと思ったのでした。
この日は友達のおうちに遊びに行く予定があったため、買い物帰りにお邪魔しました。友達の部屋にはレシピや栄養素についての本が並んでおり、彼女も私が購入した葉付きの黄色いニンジンに興味津々でした。「この葉はどうやって食べるの」と尋ねられたのですがまだ決めておらず「どうしようか考えている」と答えました。するとおもむろに棚から一冊の本を取り出し「これを読んでみたら」と勧められたのです。パラパラとめくってみると、野菜の栄養素や調理方法が載っており、まるで学生時代の家庭科の時間に使っていた教科書のようでした。
ニンジンの葉は茎が固いため茹でてから調理することを勧めており、天ぷらや胡麻和えなどに適しているとのこと。書かれていたことを頭に入れ、その夜は友人が作った美味しい食事をご馳走になって家路に着いたのでした。そして翌日、少々歯応えがある葉の部分を茹でて鳥のささみとバジルソースと醤油などで和えてみたところ、独特の風味がまるでハーブのようでとても美味しかったです。この夜、おつまみにつられて食事のお供だったワインをグイグイと飲んだことは言うまでもありません。
素材について書かれた本が一家に一冊あると大変便利なものです。せっかく購入したけど調理方法が分からない時などは、書籍に目を通すだけでバリエーションに富んだレシピを楽しめるからです。私も料理に関する本を幾つかストックしてレパートリーを増やしていこうと思いました。

哀愁を語る港のカモメ達

ある休日の夕方、海を訪れました。その日は曇っていて遠くにはかすかに工場地帯が見えていて、空には飛行機が飛んでいました。そこは都市部にある港と隣接する趣ある建物が建つ公園でした。天気はあまりよくありませんでしたが、家族連れやカップルが思い思いに海を眺めていた休日の光景は心地良いものでした。その日の光景で最も私の心に残っているのはカモメ達でした。気持ち良さそうに空を飛び、小さな波に乗るように浮かぶ彼らの姿から悠遊とした自由さを感じたものです。
思えばこの鳥は文学や音楽など様々な芸術作品に登場しています。文学では誰もが一度は聞いたことがあるこの鳥が用いられている題名の海外小説があるし、音楽ではタイトルに君臨している楽曲が幾つもあります。音楽の世界では私が知っている限りこの鳥が登場する作品は、切なさやり切れない思いを歌いあげているものが多いように感じるのです。中でも自らの人生を赤裸々に表現するシンガーが歌うカモメが登場する作品は、私の心に深く刻まれています。雨の日の夜、寝る前にラジオから流れてきたこの歌を聴いた時、その当時私の胸にあったしがらみのような物が、緩やかに動かされたような感覚を覚えたからです。力強い歌声とは裏腹にしっとりと心に響き胸を打ったこの曲は、今でも私の大切な宝として胸の奥に存在しています。
カモメは人に哀愁を与えると供に、アーティストの心を動かす魔力があるのかもしれません。今にも雨が降り出しそうな休日に見た海辺の光景は、感慨深く私の記憶にも残り続けているのです。

本がインテリアとして施されたショップ

ゴージャスでおしゃれなブティックが立ち並ぶ町に行きました。目的はこの界隈から少し離れたところでおこなわれているマルシェでの買い物でした。休日に開催される青空市で、オーガニックな製法で育てられた野菜や果物、豆やパンなどの食材が売られていて、品物を眺めているだけでも楽しむことができます。またお店の人とコミュニケーションをとりながら買い物ができるので、料理のレシピや食に関する情報を得ることができるのも嬉しい限りです。この日はお米でできた甘酒や果物を購入し、大きなエコバックに戦利品達を入れて、お散歩をすることにしました。散策したのは高級ブランド店やセレクトショップが軒を連ねる通りでした。それらのショップの洗練された雰囲気はなかなかよいもので、どこか非日常を味わう時間だったと感じます。路地を歩き続けセレブリティな気持ちを抱き浸っていた時、あるショップの前に足が留まりました。その店の内装は原色の鮮やかな洋服とその後ろにあるたくさんの本で施されており、美しさと刺激的なビジュアルは今でも目に焼き付いています。もう少しで天井にまで届きそうな背の高い棚にどんなジャンルの書籍があったかまでは定かではありませんが、おしゃれで魅力的な空間でした。私もこんなお部屋に住みたいと思い想像を膨らましつつ、ふと我に返るとエコバックの重さから肩にヒモが食い込んでおり、一気に現実に引き戻されたのでした。こんな想像に思いを馳せるのも悪くないと言い聞かせながら、散策を楽しんだのでした。

サヨナラしないと出会えないこともある

「サヨナラ」することは、寂しさや悲しみを伴うものです。愛する者や好きな人と離れ離れになることは、想像するだけでも辛いことだからです。その一方で新しい生活を始めるために今ある状況に別れを告げることもあります。誰しもが一度は経験するこの「サヨナラ」は寂しさもあるけれど未来を見据えているためか希望が含まれていると感じます。
今まで読んできた小説にも数々の別れと出会いのドラマがありました。共に暮らしてきたパートナーと別れて新しい生活をスタートさせるストーリーや慣れ親しんだ店が閉まることになり今までとは異なる仕事にチャレンジする物語など、どれも突き付けられた現実に右往左往しながらも自ら答えを出していく登場人物達から生きることを学んできました。こうした作品達から「今ある現実を受け止めること」「それを受け入れること」で始まる未来は無限の可能性を持つと感じたと共に人生に起こることは全て意味あることなのだと考えるようになったのでした。
私の友達は今から数年前に転職をしました。悩み模索した結果、自分でくだした結果だったのですが職場の仲間と離れるのは大変辛かったようです。そんな時、ある同僚から「サヨナラしないと出会えないこともある」と言われたそうです。その言葉は彼女の心に強く響き、人生の門出の大きな一歩を踏み出すことができたそうです。この話は過去に読んできた小説達と同様に私の胸にも強く刻まれています。これから先、別れを伴う門出を迎えることがあれば友達が語ってくれたことを胸に一歩を踏み出したいと思います。