にんじんの葉っぱを使ったレシピに舌鼓

数日前のことです。公営市場へ行き、葉が着いたニンジンを購入しました。それは緑の葉がたんまりとしていて新鮮で美味しそうな黄色いニンジンでした。市場の中でもひときわ輝いていたその野菜を見た時にこれを食べてみたいと思ったのでした。
この日は友達のおうちに遊びに行く予定があったため、買い物帰りにお邪魔しました。友達の部屋にはレシピや栄養素についての本が並んでおり、彼女も私が購入した葉付きの黄色いニンジンに興味津々でした。「この葉はどうやって食べるの」と尋ねられたのですがまだ決めておらず「どうしようか考えている」と答えました。するとおもむろに棚から一冊の本を取り出し「これを読んでみたら」と勧められたのです。パラパラとめくってみると、野菜の栄養素や調理方法が載っており、まるで学生時代の家庭科の時間に使っていた教科書のようでした。
ニンジンの葉は茎が固いため茹でてから調理することを勧めており、天ぷらや胡麻和えなどに適しているとのこと。書かれていたことを頭に入れ、その夜は友人が作った美味しい食事をご馳走になって家路に着いたのでした。そして翌日、少々歯応えがある葉の部分を茹でて鳥のささみとバジルソースと醤油などで和えてみたところ、独特の風味がまるでハーブのようでとても美味しかったです。この夜、おつまみにつられて食事のお供だったワインをグイグイと飲んだことは言うまでもありません。
素材について書かれた本が一家に一冊あると大変便利なものです。せっかく購入したけど調理方法が分からない時などは、書籍に目を通すだけでバリエーションに富んだレシピを楽しめるからです。私も料理に関する本を幾つかストックしてレパートリーを増やしていこうと思いました。

哀愁を語る港のカモメ達

ある休日の夕方、海を訪れました。その日は曇っていて遠くにはかすかに工場地帯が見えていて、空には飛行機が飛んでいました。そこは都市部にある港と隣接する趣ある建物が建つ公園でした。天気はあまりよくありませんでしたが、家族連れやカップルが思い思いに海を眺めていた休日の光景は心地良いものでした。その日の光景で最も私の心に残っているのはカモメ達でした。気持ち良さそうに空を飛び、小さな波に乗るように浮かぶ彼らの姿から悠遊とした自由さを感じたものです。
思えばこの鳥は文学や音楽など様々な芸術作品に登場しています。文学では誰もが一度は聞いたことがあるこの鳥が用いられている題名の海外小説があるし、音楽ではタイトルに君臨している楽曲が幾つもあります。音楽の世界では私が知っている限りこの鳥が登場する作品は、切なさやり切れない思いを歌いあげているものが多いように感じるのです。中でも自らの人生を赤裸々に表現するシンガーが歌うカモメが登場する作品は、私の心に深く刻まれています。雨の日の夜、寝る前にラジオから流れてきたこの歌を聴いた時、その当時私の胸にあったしがらみのような物が、緩やかに動かされたような感覚を覚えたからです。力強い歌声とは裏腹にしっとりと心に響き胸を打ったこの曲は、今でも私の大切な宝として胸の奥に存在しています。
カモメは人に哀愁を与えると供に、アーティストの心を動かす魔力があるのかもしれません。今にも雨が降り出しそうな休日に見た海辺の光景は、感慨深く私の記憶にも残り続けているのです。

本がインテリアとして施されたショップ

ゴージャスでおしゃれなブティックが立ち並ぶ町に行きました。目的はこの界隈から少し離れたところでおこなわれているマルシェでの買い物でした。休日に開催される青空市で、オーガニックな製法で育てられた野菜や果物、豆やパンなどの食材が売られていて、品物を眺めているだけでも楽しむことができます。またお店の人とコミュニケーションをとりながら買い物ができるので、料理のレシピや食に関する情報を得ることができるのも嬉しい限りです。この日はお米でできた甘酒や果物を購入し、大きなエコバックに戦利品達を入れて、お散歩をすることにしました。散策したのは高級ブランド店やセレクトショップが軒を連ねる通りでした。それらのショップの洗練された雰囲気はなかなかよいもので、どこか非日常を味わう時間だったと感じます。路地を歩き続けセレブリティな気持ちを抱き浸っていた時、あるショップの前に足が留まりました。その店の内装は原色の鮮やかな洋服とその後ろにあるたくさんの本で施されており、美しさと刺激的なビジュアルは今でも目に焼き付いています。もう少しで天井にまで届きそうな背の高い棚にどんなジャンルの書籍があったかまでは定かではありませんが、おしゃれで魅力的な空間でした。私もこんなお部屋に住みたいと思い想像を膨らましつつ、ふと我に返るとエコバックの重さから肩にヒモが食い込んでおり、一気に現実に引き戻されたのでした。こんな想像に思いを馳せるのも悪くないと言い聞かせながら、散策を楽しんだのでした。

サヨナラしないと出会えないこともある

「サヨナラ」することは、寂しさや悲しみを伴うものです。愛する者や好きな人と離れ離れになることは、想像するだけでも辛いことだからです。その一方で新しい生活を始めるために今ある状況に別れを告げることもあります。誰しもが一度は経験するこの「サヨナラ」は寂しさもあるけれど未来を見据えているためか希望が含まれていると感じます。
今まで読んできた小説にも数々の別れと出会いのドラマがありました。共に暮らしてきたパートナーと別れて新しい生活をスタートさせるストーリーや慣れ親しんだ店が閉まることになり今までとは異なる仕事にチャレンジする物語など、どれも突き付けられた現実に右往左往しながらも自ら答えを出していく登場人物達から生きることを学んできました。こうした作品達から「今ある現実を受け止めること」「それを受け入れること」で始まる未来は無限の可能性を持つと感じたと共に人生に起こることは全て意味あることなのだと考えるようになったのでした。
私の友達は今から数年前に転職をしました。悩み模索した結果、自分でくだした結果だったのですが職場の仲間と離れるのは大変辛かったようです。そんな時、ある同僚から「サヨナラしないと出会えないこともある」と言われたそうです。その言葉は彼女の心に強く響き、人生の門出の大きな一歩を踏み出すことができたそうです。この話は過去に読んできた小説達と同様に私の胸にも強く刻まれています。これから先、別れを伴う門出を迎えることがあれば友達が語ってくれたことを胸に一歩を踏み出したいと思います。

ヨガイベントで出会った美と健康についての書籍達

友達に連れられて、ヨガイベントへ行ってきました。老若男女問わずたくさんの人々が思い思いにヨガを楽しんでいる姿は、眺めているだけでどこか幸せな気分になれるものです。また会場を歩いていて感じたことは、スタイルがよくておしゃれな女性達が多いということでした。カラフルなレギンスパンツとスニーカーを履いて颯爽と歩いている姿は、軽やかさとパワフルさが備わっていてとても素敵でした。
会場内ではヨガが出来ることはもちろんのこと、たくさんのブースが出店されていて、ヨガウェアや下着、使用するマットなどが売られていました。そんな数あるブースの中で私がひと際心惹かれたのは書籍を販売するお店でした。並んでいる本は健康と美についてのものばかりで、このイベントに集まる人々の志の高さを知ることができます。私が手に取ったのは、お弁当や常備食についてのレシピ本でした。野菜をメインにした料理がたくさん掲載されており、彩り豊かで美味しそうなものばかりでした。またアンチエイジングによいとされるアボカドのレシピのみを載せた書籍もあり、カレーやグラタンなどの調理方法は今後挑戦したいと思いました。友人が洋服をあれこれ選んでいる間、私はブックコーナーを吟味して何冊かの本を購入しました。この会場に集まった女性達を手本に書籍を読みながら美と健康について勉強してみようと思います。

優しい気持ちになることが出来る小説

心が温まることって素敵だと思います。殺伐とした気持ちがずっと続いてしまうことは、まるで雨雲がひしめく空のようにどんよりとしてしまい、心にも体にも良くないことだからです。
数日前から読み始めた本には、ほんわかするエピソードが詰め込まれていて、読んでいるとちょっとした幸せを味わうことができることを実感しています。
元芸能人の青年は自らが招いた小さな過ちから仕事を続けることが困難になり、行きついたところは夜中に営業する定食屋でした。そこは30台半ばの男性が切り盛りする小さな店ですが、美味しい料理を味わうためたくさんのお客が足を運ぶ場でもあるのです。端正こめて作られた栄養バランスがとれた品を心待ちにしているお客さんも多く、読者の私も訪れてみたいと思うほどでした。
何よりもこの小説の魅力は青年と店主との心通った会話にあります。料理を通してまるで子弟関係のような絆が生まれ、芸能界を追い出された男性もいつしか自信を取り戻して行きます。また関西弁の会話からは人情を感じることができ、そこもこの作品の魅力だと思いました。
どんなに辛くてどん底にいても、一筋の光のような出会いはあるもので、それを知る者は強くなれるのだと知りました。そんなほっこりする物語と出会えたことを嬉しく思いつつ、優しい気持ちになる自分を感じるのでした。

生活に関する商品と本が融合された素敵なお店

洋服や雑貨、食材、家具など生活に関わるものを扱うショップに足を運んでみました。以前から気になっており友人が「とても面白いお店」だと教えてくれたことがきっかけとなり、訪れることにしました。白を基調とした清潔感溢れる佇まいは心地良く、スタッフの方々の接客がとても温かかったことが印象的でした。またカフェに並ぶ美味しそうなお惣菜達を見ていたら、ここに来る前に讃岐うどんを食べてしまったことに少々後悔を覚えたものです。
なかでも最も心惹かれたのは、扱う商品にちなんだ書籍が置かれているブースです。普段あまりお目に掛かれないような食に関する本やファッションについての書籍がフロアの中央にたくさん並んでいて、何時間でもここにいることが出来ると確信したのでした。また扱っているジャンルも幅広くて落語や古典文学に関する書籍などを見つけた時には、とても興味を魅かれて胸が弾んだものです。何よりも棚に並んだ書籍達からはショップのこだわりを知ることができて自分の嗜好に合っていることを知り、深い愛着が湧いたものです。
この居心地の良い空間から本とカルチャーの濃厚な関わりを感じたと供に、今まで知らなかった本の世界を知りながら広がってゆく喜びを味わうことが出来る最高のシチュエーションだと思いました。このショップに時々立ち寄り、知りたいことをどんどん探求することが出来たらどんなに幸せだろうと思うと、今後の生活に一筋の光が差したような気持ちになったのでした。

言葉少ない詩がもたらしてくれたもの

この間図書館で、表紙の写真に惹かれた詩集を借りてきました。いつも小説を手にとることが多いので、詩を読むのは何年ぶりでしょうか。パラパラとページをめくり、気になったところから目を通していったのですが……少ない言葉は、身に染みますね。すべてを語るわけではないからこそ、この文言は本当は何を言いたいのか、行間に隠されている意味まで含めて、考えてしまいます。小説は多くの単語を費やしていろいろと説明してくれているので、ここまで熟考することはあまりないのです。
そういえば昔、詩人が作家になることはできるけれど、逆は難しいと聞いたことを思い出しました。確かに、文章を削り落としていくのは、かなり大変なことでしょう。ひとつの単語を想像し、そこから話を脹らめていくほうが、いくらか簡単そうな気がします。もちろん、知ろうと考えですし、実際はどうかわかりませんけどね。
なんでもつい好きなジャンルを固定してしまいがちですが、たまにはこうして、違ったものを見るのもいい刺激になりますね。ここから興味が広がって、自分の可能性も開けていくかもしれません。これからは、もっといろいろなものを見たり経験したりしていきたいです。

餃子をくれた料理上手な友人

昨晩、友人から頂いた有名店の餃子を食べました。冷凍庫に大切に保存していたそれをいつ食べようかと楽しみにしていたところ、やっと胃袋に入れる時が巡ってきたのでした。フライパンに油をひき、水をたっぷり入れて蒸し焼きにしたら見事な羽根つき餃子が完成しました。ジューシーであっさりとしたお味から、何個でもいけると確信したことは言うまでもありません。
この代物を私に提供してくれた方は、お料理上手な女性です。彼女の舌はとても肥えており、今まで美味しいものをたくさん教えてくれました。餃子については皮から作ることを惜しまないこだわりで、過去に振る舞って頂いたことがあります。その時は寒い冬だったこともあり、白菜が入ったヘルシーでボリュームたっぷりな逸品がテーブルに山盛りに並んだのでした。それらは忘れられない味として体が欲するほどに美味でした。そんな友人の家には料理の本や雑誌がたくさん置かれていて、とても勉強家だということを伺い知ることが出来ます。私も見習うべく、訪れた際には拝見させて頂いております。
「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが、特技として身に付けるには日々精進が必要なようです。実際に味わったものや書籍から料理を学び、振る舞ってくれる友に感謝と尊敬の念を抱いております。

忘れかけた衝動を思い出させた映画

日本のアニメーション映画を観ました。とても胸を打たれてしまい、いつまでも余韻が消えることはありませんでした。
男女の高校生が夢の中で入れ替わり、全く違う生活を体感しながらも描かれる壮大なストーリーに惹き込まれていき、観終わった後には「明日への希望」を感じることができました。それはとてもベタな表現かもしれませんが、今ある日常に愛情を抱く気持ちが湧いてきたのでした。また小さな村にある湖や山などの自然、都会の高層ビル群やネオンのきらめきなど随所に散りばめられた映像の美しさもこの作品の魅力の一つだと思いました。こうした映像美に胸をときめかせながらも、自然災害などどうすることができない出来事に対して果敢に立ち向かう主人公達、人との巡り会いを通してもたらされる奇跡など物語は人間の力強さと温かさを気付かせてくれます。
長い物に巻かれる楽さに身を委ね、変えることができないとはなから諦めてしまう自分がどこかにいます。これは大人のずるさでもあり上手に世間を渡るコツだと思っていた私にカツを入れてくれた気がします。潔く諦める前に少しでも行動を起こすことで全く違った方向へシフトチェンジすることが出来ることを考えるよい機会になりました。この映画は衝動のように心が突き動かされた素晴らしい作品だったと感じています。