小さくて可愛いらしい緑の葉っぱに思いを馳せて

自然は時として驚異をもたらしますが、私達の生活に豊かさを与えてくれるものでもあります。ある晴れた朝のこと、玄関先に置かれていた鉢植えのハーブが枯れてきていることに気付きました。それを発見した時切ない気持ちになりながら、植木バサミで枯れてしまっている葉と茎を切り落としたのでした。枯れていた葉が無くなり土と少しのハーブだけになってしまった大きな鉢植えを見た時、小さくて濃い緑の葉が幾つも顔を出していることに気付いたのでした。その小さくも美しい葉から生命力を感じ、私の心に強いパワーを感じました。移り変る命を感じる場がこんなにも近くにあったことに嬉しく思ったし、幸福感を抱きよいことが起きそうな予感がしたのでした。
動物や植物は素直で本能的です。自然の営みの中で生きるためには、私達人間のように躊躇したり考えたりするよりも直感で動くことで命を守ってきたからです。以前読んだ小説にも、人と自然の興味深いエピソードが書かれていました。人里離れた山に籠り数ヶ月を過ごした青年は激しい雨に当たりながら、生きることを問います。その激しい雨や生い茂る森の木々は彼に命の存在意義を投げかけたのでした。不安や葛藤を持った時、自然がもたらす現象や命は、私達に新しい感覚を与えてくれるものです。それは都市で暮らしていてもアンテナを張っていれば捉えることができるものだと思います。人間がこの世の全てを作っているというおごりを捨てた時に得ることが出来るものは、時に大きな影響力となり価値観をも変える力があるのではないかと感じるのです。

亡き人の面影を残す女性の物語

遥か遠い国の一室でおこなわれた朗読会について書かれた小説を読みました。ゲリラの襲撃を受けて囚われた日本人達とその国の兵士が、夜ごと自分の身に起こった体験を発表した朗読を集めた作品で、どの話もとても興味深いものでした。職業も年齢も性別も違う人々の体験談は丁寧に描かれており、日常生活の機微を描いていました。また「死と生」について語られたものが多く、遥か彼方で起こった出来事のようでもあり身近に潜んでいるもののようにも感じた不思議な作品でした。
幾つもの物語が収められている中で一番心に残っていたのは、幾度となく初対面で出会う人達に、彼らの亡くなったおばあさんに似ていると言われてきた女性の話でした。そのおばあさん達は性格も背格好も顔の造りも異なるのに、ふと醸しだれる表情や顔がその女性に似ていると他者から話しかけられます。繊細に描かれているため信憑性を感じてしまい、小説と分かっていても現実に起こっているかのように思えたことは言うまでもありません。
「亡くなったおばあさん」に似ていると語った人々の心の中に刻まれたおばあさんの存在。そしてふとした出会いから亡き祖母を思い出す機会を与えてきた語り手の女性には、生まれ持って与えられた宿命のような深いものがあるように感じたのでした。

マンガと昼寝は青春の思い出

雨がしとしとと降る午後に部屋の中で読書をしていました。お昼ご飯に味噌煮込みうどんをたらふく食べたためか、体がお休みモードと切り替わったことを覚えています。急激な眠気が襲ってきて、昼寝をしたのでした。実はじっくりと昼寝をしたのはかなり久々で、起きた時の何とも言えないだるさと頭がボーっとした感じはとても新鮮でもありました。この余韻に浸るべく布団の上で座って佇んでいたところ、頭をよぎったのは学生時代のことでした。
テスト期間は早く家に帰ることが出来たこともあり、決まって昼寝をしていたのです。勉強をしなくてはと思いながらも眠気には勝てずにベッドに入って気が付くと夕方で、お菓子を食べてテレビを観ているとあっという間に夕飯がやってきて、また眠るというかなりの怠け者だったことは言うまでもありません。
もう一つ私の青春から切り離せないものがあります。それは「マンガ」です。クラスメートや友人達と貸し借りをしており、勉強机の横にちょこんと置かれたそれらを手にしたら最後、教科書を開くことなく時間は過ぎたのでした。読んでいた作品は、少年向けコミックに連載されていた恋愛物語、男女のドロドロの愛憎劇を描いたもの、ギャグマンガとかなり幅を利かせていたことが伺えます。中でも中毒のように欲していたものは、ギャグマンガでした。個性的な男子7人組が主人公の学園コメディ、独特のシュールでユニークなキャラクター達が登場する卓球部を舞台にした青春コメディは特に私のハートを掴んだのでした。そしてあの頃読んでいたコミック達はその後の読書人生にかなりの影響力を及ぼしたと言えるのです。それは今でもパンチが効いたものや面白いものに心惹かれるからです。あの頃もっと違った時間の使い方があったかもしれませんが、「マンガ」と「昼寝」を愛していた女子だったことはよい思い出なのでした。

優しく寄り添う命宿るもの

柔らかくて温かさを感じることが出来るものを手にすると、心が満たされます。それは頭で理解するというよりも心で感じるという表現がぴったりだと思うのです。先日読んだ小説は先に挙げたような心地良さを味わうことができる不思議な優しさが込められた作品でした。せわしない日々が続いてとっても疲れてしまった夕刻の電車の中で、その優しさに触れた時涙が滲んでしまいそうになりました。それは今まで味わったことがなかった新鮮な気持ちでした。
芸術家が集まる家でお手伝いをする青年は森で出会った動物を飼い始めます。その生き物が一体何なのかもよく分からないのですが、命宿るものが持つ優しさと美しさを読み手である私に与えてくれました。言葉を発するわけではないけれど、主人公のそばで寄り添う行動からこの青年のことを全て知り受け止めているのではないかと思ったのでした。
どんなに濃厚な人間関係でも相手の全てを受け入れる事は非常に難しいものです。そこが「人」の奥深さなのかもしれません。時に上手く行かずジタバタとしてしまう人との関係を考えるとただ寄り添うだけで満たされる生き物との関係は、密度があるような気がしたのでした。
あの日の電車の中で1冊の小説から受けたあの感覚は、当時の私の状況を強く物語っていました。満たされたいという願いとそれが叶わないことがとても切なかったのでした。そんな私に温かいものに触れる時間を作ってくれた物語の存在は、今も心に寄り添い続けています。

上を目指す男のために書かれた本から学ぶこと

男性の生き方について書かれた本を読みました。この作品を購入したきっかけは「できる男とはどういうものなのか」とても興味があったからです。また女性である私自身も男の生き様とポリシーから何か得るものがあるのではないかという思いが心の底にあったことは言うまでもありません。
読み進めるうちに強く感じたことは、とにかくすごい説得力があるということでした。それは、ワイルドにたくましくあるための心得が手に取るように分かったからです。また女性向けに書かれた指南本よりも文章がマッチョなことに少々驚いたものです。そして書かれている内容はとても勉強になるものでした。例えば不景気の中で生きてゆくこと。景気の良し悪しに甘んじて時代や社会のせいにせずに、それをチャンスにしてアグレッシブな思想を持つこと。群れの中でその他大勢として安心するのではなく、己のポリシーと哲学を持つこと。これらは生きる上で得ておきたえい教訓だと思いました。この世の中には個々に課せられる仕事や役割がありますが、楽なものなどないし苦労や壁にぶち当たることは多くあります。その都度逃げるかそれを糧にするかは重要な要素だと感じました。
私の周りにはこの書籍の著者のようなワイルドな男性が少ないためか、この本で語られていることはとても新鮮に感じました。同時に本を通して学ぶ他者の価値観や思考はとてもためになることを改めて知ったのでした。

私が知っている最高に粋でクールなギャグ漫画家

今は亡きギャグマンガ家に思いを馳せることがあります。私が幼い頃、この方が書いたマンガがテレビで放映されていました。ゆるくて独特の個性を持つキャラクター達は今でも心に残っており、声や仕草までも思い出すことができます。まだ小学生だった私はテレビで放映されていた内容を断片的にしか覚えておらず、今思い出すともっとしっかり観ておけばよかったという後悔の念が残ります。しかし当時当たり前のように観ていたマンガの作者のことをよく知ったのは、大人になってからことでした。私が好きな小説家や劇作家がファンで、彼のことを語る書籍や番組などを目にしたことで、生きていた頃の逸話に出会ったからです。楽しい事が大好きで仲間とお酒を飲む時間を愛していたこと、見ず知らずの人とでも打ち解けて酌を酌み交わしていた生前の姿を知った時には、とても親近感が湧いたものです。そして私が心に最も残っているのは、「どんなに偉くなったとしても注意や助言を真摯に受け止めることが出来る人間であること」を語ったことでした。年齢を重ねると自分が歩んできた道に固執してしまうことで、よきアドバイスを無駄にしてしまうこともあるものです。それはとてももったいないことだと思います。本来ならば助言を与えてくれたことに感謝をする気持ちを持つべきだからです。でもなかなか素直には慣れない時もあるものです。幼い頃から知っているこの作家は出会う人々といつでも同じ目線で物事を楽しんでいたことを書籍などから知ることで、謙虚でいることは生きていく上でどれだけ大切なことかを学んだのでした。

川の流れに心を馳せる

夕刻の空が赤くなる美しい時間に大きな川がある町を訪れました。白を基調とした人工的な橋がかかり、そこを人々が行き来する姿を見ながら河川敷に降りて、ボーッと水辺を眺めてみました。流れはとても緩やかで心が洗われるような気分が心地よく、ずっとここに佇んでいたいと思ったものです。そんな風景を見ながら、以前観た一本の映画を思い出しました。それは波瀾万丈な女性の一生を描いた小説を映画化したものでした。心にグッとくる物語で小説も映像作品もどちらも私のお気に入りとして記憶に刻まれています。特にミュージカル仕立てで進む映画は、スリリングでかつ情熱的な素晴らしい作品でした。印象に残っているのはラストシーンに登場するヒロインが育った町を流れる川でした。大きく緩やかな線を描くその流れからは美しさと切なさを垣間見ることができて、まるでヒロインの人生のように感じたものです。この作品に出会ってからというもの、川のある風景の心地よさを知り、水辺を見つけると立ち寄るようになりました。
あれから何年もの月日が経ちましたがこの物語は私の心に深く刻まれ、時として自分の生き方に照らし合わせることもあります。そんな時には決まって水の流れる風景が頭をよぎり、懐かしい気持ちにさせてくれるのでした。それは私のささやかな宝物として心の奥にしっとりとあり続けています。

いつだって文学は新しい刺激を与えてくれるもの

読書をすることがかけがえのない時間だと知ってからというもの、様々なジャンルの本を読んできました。今まで出会ってきた作品は私の心の中にずっとあり続けており、濃厚な恋愛を描いたもの、主人公のキャラクターが際立った短編小説、生きてゆく中で大切なことを学んだ純文学など挙げればきりがありません。中でも「こんな破天荒でクールな生き方をしてみたい」と心から思う人物が登場する小説は、心に残っていて陰ながら目標としているものが幾つかあるものです。そして10代から20代の感受性が強く、目まぐるしく変わる心と向き合いつつも将来に不安を感じていた時に出会った小説の登場人物達は、潔さと人間らしさが備わっていながらもどこかはかない女性達が多かった気がします。そして彼女達からおしゃれをすること、お酒を飲んで楽しい夜を過ごすこと、好きな音楽に身を任せて踊ることを教わったのでした。
生きる快楽と楽しみを教わりつつも、その後の私に影響を与えた最も重要なセンテンスは「いかに自分らしく生きるか」だったと思います。当時読んでいた小説には、窮屈な世の中で生きることを全うしようとする美しい気怠さを持つ女性達がたくさん存在していたからです。
あれから年月が経った今でも、あの頃出会った本の中の女性達を思い出すことがあります。そんな時は今いる自分に変化が訪れるタイミングであったり、何か新しいことに挑戦したいと切望していたりと願望と密室に関わっていることを伺い知る事ができます。これらの作品達は、これから先もそんな私に刺激を与え続けるだろうと感じるのです。
どんなに年を取っても新しいスパイスを求めて文学に浸りながら現実の世界をもっと楽しくかつアグレッシブに生きる自分であり続けたいと思うのでした。

笑うクマのぬいぐるみ

私の部屋には2頭の熊のぬいぐるいがおります。口を開けて笑っている愛らしいアニマル達です。彼らとの出会いは十年位前に、大きな公園で開かれていたフリーマーケットでした。敷物の上に並んだ2匹がとても可愛くて一目惚れして購入したのでした。実はこの熊達にはたくさんの仲間がいます。というのも色や柄が異なる様々な種類があるからです。そもそもアメリカを代表するジャムバンドのファン達が、ライブへ行くための資金集めのためにデザインされ売られたのが発祥でステッカーやTシャツなど、ぬいぐるみ以外にも多数のグッズがあります。私はこのバンドのライブには一度も行ったことはありませんが、CDを聴きながら、緩くてピースフルな音をよく楽しんでいました。そして可愛いクマのキャラクターにも魅了され、ある時お気に入りの雑貨兼本屋さんで一冊の小さな本を見つけたのでした。そこには全種類のクマのキャラクター達が紹介されていて、全部を集めて記念写真を撮ったものやカラフルで斬新なイラストまでもが収められておりとても充実のラインナップになっておりました。笑顔のぬいぐるみを見ているだけで気持ちが優しくなるのを感じたし、このジャムバンドの自由なイメージが随所に散りばめられていたのも素敵でした。実を言うとこの本が今、部屋のどこに眠っているのか覚えておりません。でも探してまたページをめくりたいという衝動に駆られています。

再会を祝して味わった短編小説達

数日前のこと、図書館に行って数冊の本を借りました。いつものことながら新しい書籍との出会いに胸を弾ませながら館内の棚をくまなくチェックしました。その日の気分は「濃厚な長編小説の世界に浸ること」ということもあり、ページ数がたくさんある厚みのある本を探しました。しかし気分は変わり気が付くと、短編小説を集めた単行本を手にしていました。なぜあの時そんな気持ちになったのかは分かりませんが、以前からファンである男性作家が執筆した作品を借りることにしたのでした。帰宅後、読んでいたところ昔から知っているような不思議な感覚を覚えたのも束の間、数年前に読んだことを思い出しました。最も記憶に残っていたタイトルを目にした時にそのことに気付いたのは言うまでもありません。二度目の出会いとなったことを嬉しく思い、最後までこの書籍を楽しみました。作品に描かれている人の心の中にある孤独や闇は、いつ読んでも胸に響くものでした。またこの作家が持つ特有の世界は何度読んでも、全く違う形で自分の中に入ってくることを改めて知った貴重な時間でもありました。その日欲していた長編小説からシフトチェンジしてこの本を借りたことは何かの縁だと思い、再会をささやかに祝したのでした。