ダンディズムに酔いしれた週末の黄昏時

とある週末の夕刻、とってもムーディーなラジオ番組を聴きました。楽しい週末が終わろうとしている時間帯にぴったりな音楽とトークはとても心地良かったです。この日のゲストはエッセイストで元週刊雑誌の編集をしていた男性でした。声はとても渋く、またトークは「大人」を感じさせる凄みを帯びており、発せられる言葉全てに新しい発見がありました。その貫禄に圧倒され、私はまだまだお子様だと感じたのでした。
「どんな時でも優しく落ち着きがあり人生を楽しむこと」これは男性が語った「男の美学」です。自分のモチベーションがよい時は実践できることですが、調子が鈍っていると自らの感情に任せてしまいこの言葉の通りには上手くゆかないものです。そのため「どんな時でも」というフレーズは、非常に意味があると感じたのでした。
音楽番組だったこともありゲストが選んだ曲も幾つか流れたのですが、これらもまた渋くてウィスキーやワインを片手に聴きたくなるような曲でした。生き方も趣味も全てにおいて「ダンディズムを極めている」と知り、このエッセイストに出会えたことを嬉しく思いました。
人生を謳歌して楽しむことを心得ていて、粋も甘いも経験してきた人の言葉にはとても重みがあります。近々ラジオで流れた曲を聴きながら、この方の書いたエッセイを読んでみようと心に決めています。

図書館で過ごした心地よい時間

平日の午前中に近所の図書館へ行ってみました。日差しが温かくて気持ちがよかったので散歩がてら面白い本を借りたいと思い訪れたのでした。いつもはあまりこの時間に訪れることが少ないためか、平日の朝の雰囲気はとっても新鮮でした。なぜならばとても静かで人数もまばらで、ゆっくりとした時間が流れていたからです。新聞コーナーに腰かけて英字新聞に目を通している女性、窓から太陽の光が差し込む場所に置かれている椅子に座り気持ち良さそうに本を読む男性、あまりの気分の良さにうたた寝をしている人など、それぞれが心地よさそうに過ごしているのを眺めているだけで幸せな気分になるものです。私はいつもたくさんの人が利用している大きくて柔らかな椅子に腰かけて、料理や生活に関するエッセイが並ぶ棚から本を取り出して読むことにしました。この空間を独り占めしているようなちょっと贅沢な気分を味わいながらまるで時が止まってしまったような、そして建物の外で起こっていることとは全く無関係で世間の流れから取り残されているような不思議な錯覚を覚えたのでした。小一時間ほど読書を楽しみ、丹念に棚を見ながらいつもは手を伸ばさないようなジャンルの書籍を借りて家路に着きました。今後もたまには忙しさを忘れてこうして伸び伸びと読書を楽しみたいと思っています。

呼吸と姿勢を整えることで見えてくること

今読んでいる本は私の背筋をピンとさせてくれる作品です。お坊さんでもあり大学で教鞭をとっている男性が手掛けた「仏教と禅」についての随筆は、地に足を着いて生きるための大切なヒントがたくさん書かれています。そのため何気ない日常に丁度よい塩梅のスパイスを与えてくれると感じるようになりました。
この本にはシンプルに生きることや呼吸をすること、背筋と頭の先が一直線になるような美しい姿勢を保つことが書かれています。一見これらのことは共通点が無いように思えますが、姿勢と呼吸と生き方はとても密接に連携していることを教えてくれました。私の知人でヨガのインストラクターを営む女性も呼吸を整えて、肩の力を抜き美しい姿勢を保つことで何事にも動じない強い心を築く一歩を踏む出すことが出来ると言っていました。そのことがずっと頭にあり、今読んでいる本から彼女が発した言葉の意味を改めて知る事ができます。そして私も肺をフル活用するように背中に空気を入れるような呼吸をすることで、緊張した時も焦らずに心を落ち着けて物事を考えることに努めるようになりました。そんなちょっとした気付きに目を向けていると体や心の変化にも敏感になるようです。少々窮屈な生き方を強いられても、心の持ちようで今ある状況をよい方向に転換することが出来ることを学んだのでした。

想像力を膨らませて読む小説

イマジネーションを掻き立てられる小説が最近のお気に入りです。以前はどちらかというと起承転結がしっかりとしたストーリーを好んで読んでいたように思います。しかしながらいつの日からかひっそりと心の中に響き渡るような余韻が残るような、抽象的な小説を手に取るようになりました。そのきっかけとなったのは、海外文学の翻訳も手掛ける男性作家の短編小説に出会ってからです。淡々としていながらも言葉が身に染みる描写は、登場人物の心情やエンディングの後に続くだろうストーリーを想像させる楽しみを与えてくれたのでした。
今読んでいる小説もまたそんな余韻が残る寓話のような物語です。海外旅行中に人質となった日本人達が一人ずつ囲われている場所で朗読会をすることになり、その話が集められた作品です。彼らが語る話はこの世に起こっていることですが、どれも私が生きている次元ではないところで起きたことのような感覚を抱かせます。またどのエピソードにも死や別れが散りばめられており、それらが自然の営みとして私達の生活に根付いていることを気付かせてくれるのです。ドラマティックな展開をみせるわけではありませんが、一度読み始めるとなかなか本を閉じることが出来ないくらいに、どっぷりと作品の中に身を置くような楽しみを味わうことができる心地よい作品だと感じています。

豊かで幸せであるために選ぶライフスタイル

本屋や図書館を訪れるとライフスタイルや現代社会のひずみについて書かれたルポやエッセイなどをよく目にします。貧困や不景気の波により、人々は様々な困難を強いられていることをそれらの作品から知ることも多々あるものです。その反面以前よりも個々の価値観を大切にしたライスタイルを選ぶ人も増えたように感じるのは私だけでしょうか。例えば自給自足の暮らを綴ったもの、自らやりたいことを仕事にするために起業する人々、金銭という形に捕らわれずに生きることを提案する本などもよく目にするようになりました。これらの作品を読んでいると富や名誉だけではない幸福の形があることに気付かされます。中でも最近出会った豊かな節約術について書かれた本はいい意味で衝撃を与えてくれたのでした。
著者は年収100万円で生活するツワモノです。食べたいものを食べて、やりたいことしかやらない生活を20年程続けてきたらしく、まさに最強という言葉がふさわしいと感じます。しかも節約術がまったく窮屈ではなくて、ゆるくて無理をしていないところに好感が持てました。料理が得意ということもあり安い予算で食べたいものを作り、仲間を読んでホームパーティーまでやってしまうところは、節約だけをテーマにしていたら出来ないことだと感じました。何よりも本人が豊かで幸せな暮らしをしていると語っているところが印象に残っています。この書籍を読んでいるとお金に縛られずに楽しく暮らす方法を改めて考えるようになったのでした。

旅行記が満たしてくれる私の願望

無償に旅をしたくなることがあります。今あるここから違うところへトリップして新しい人に出会い今まで触れた事のない生活を垣間見たいと思う時、その願望は一層高まってゆくものです。しかしながら気のみ気のままに実行できないのが現実でもあります。そんな時、私は旅についての随筆や小説などを読むことにしています。夜眠る前にそれらを手にすると、ワクワク感が湧き上がってきて翌日の朝を迎えることが楽しみになるし、何よりも異空間にいるような心持ちで眠りに着くことは格別だと感じています。
生活の一部となりつつある随筆の中でとびっきり心に残っている作品に、女性作家が書いたバリ島旅行記があります。学生時代にこの作家の小説を読んで以来、ファンになり年齢を重ねてゆくなかで何冊かの作品を手にしてきました。どれも日常にある機微が描かれており、登場人物達の生活感がしっとりと伝わってくる素敵な書籍達でした。先に挙げた本は特に印象的で、不思議と神秘が共存する島での時間を筆者と供に滞在しているような感覚を与えてくれる素敵な随筆です。読み進めてゆく中でバリの空気を私も肌で感じてみたいと思ったし、大好きな仲間達と旅をすることの楽しさを改めて知ることができたのでした。もしいつかバリ島を訪れることがあるのなら、お気に入りの随筆をバッグに入れて飛行機の中で読みたいと熱望しています。

愛を感じることができることは幸せなこと

愛に恵まれた人生をまっとう出来ることは幸せだと感じます。心を満たすささやかな幸福を感じることは、心を強くさせるからです。一匹オオカミのように前に突き進む攻撃的な生き様も素敵ですが、誰かの助けや心ある温かい言葉をかけてもらうことで優しさを与えられることも多いものです。それは家族や友達との関係だけではなく恋愛においても同じことが言えるのではないかと思っています。
今から数年前に観た小さな物語が散りばめられた映画には、ちょっとした幸せがたくさん盛り込まれていました。特に印象に残っているストーリーは、男性がクリスマスイブの夜にフィアンセがいる女性に恋心を告白するシーンでした。彼の親友でもある婚約者と過ごす家を訪れ、声には出さずに紙に言葉を書き込み、気持ちを明かした場面は今思い出すだけでもとても情熱的な気分にさせてくれます。親友と結婚する女性に文字を通してそっと胸のうちを明かすところが、どこか微笑ましくもとても切なく感じました。そして告白を受けた女性が何も言わずに涙を流すところがいつまでも脳裏に焼き付いています。
誰でも一度はかなわない恋を体験するものだと思います。しかしながら、当たって砕けるか諦めてしまうかでその後の生き方は少なからず変わってゆくものではないかと感じるのです。また人から強く愛された経験を持つことは、自信に繋がるものだと思います。様々な形がありますが、一方的ではなく他者に対する思いやりが詰まった愛を持つことは素晴らしいことだと心から感じています。

人の営みと自然の移り変わりから思うこと

「一年が過ぎるのはとても早い」と感じるようになったのはいつからでしょうか。年上の友達から年を取ると時が経つのが早くなると言われたことを、身を持って知るようになりつつあります。
先日読んでいた小説には、巡る季節と東京の下町で生きる女性の一年間の出来事が綴られていました。長屋で暮らす20代の女性とこの街に住む人々、家族、恋人達が織りなす暮らしは温かくて穏やかなものです。そしてふと顔を見せる別れや心の変化は私達が過ごす日常そのものだと感じました。私の日常と違うところを挙げるならば、主人公が日本文化を大切にしていること、季節毎におこなわれる下町のお祭りや食べ物を楽しみ味わっているところでした。それらを女性ならではのしっとりとした感情で見つめているところに、色っぽさと艶やかさを抱いたのでした。
物語の中で最も心に響いたことは、昔の恋人の死と今を共に過ごす男性との時間から、生きることの大切さを考えさせられたことです。この世に命ある者は日々変化が訪れ新しい出会いがあるものです。それは四季と供に移り変わる自然の営みとどこか似ていると感じます。お正月におせち料理を食べる事、十五夜には中秋の満月を見ること、美しい満開の桜を眺めることは生きているから味わうことができるものだと思います。時間がアッという間に流れてゆこうとも、来年があるからなどと思わずにその一瞬一瞬を大切に生きてゆけたらいいとこの小説を通して感じたのでした。

美味しいマロンケーキとキュートな包み紙

兼ねてから行ってみたかった洋菓子屋を訪れた時のことです。季節は秋に差し掛かる頃ということもあり、期間限定のマロンケーキが売られていて購入しました。夏に訪れた時はレモンケーキが売られていてこれにも惹かれたのですが、その日は購入を諦めたこともあり念願のスイーツを買うことが出来たことが嬉しかったことを覚えています。レジで支払いをしていたら、小さな紙袋に品物を入れてくれました。この袋は手作り感が満載で、まるでクレヨンで書いたような家のイラストにお店のロゴがプリントされていました。店員さんが施した包み方もキュートで女心を鷲掴みにしたのでした。
あれから年月が経ち、部屋の棚を整理していたら偶然にもマロンケーキを入れてくれた紙袋が出てきました。暮らしについて書かれた雑誌などに掲載されるお店の包み紙特集がお気に入りということもあり、引き出しの奥の方に幾つもの紙袋を収納するくせがあります。これらは部屋の片付けをしているといつも突然私の前に姿を現すことも多く、心をホッコリさせてくれるものです。そんな宝物を見つけたような感覚が嬉しくてついつい棚に入れてしまうようになりました。この日も美味しかったマロンケーキを思い出し、懐かしくも至福の時間を味わいました。また美味しいスイーツを購入するため、あのお店がある街に行くことを計画し始めました。

本で満たされている生活

最近の私の部屋は本で満たされています。いつもにまして活字を求める傾向が強くなってきているからかもしれません。図書館でたくさんの書籍を借り、友達や親戚の方々からもお薦めの本を譲り受ける機会が増えたからでしょうか。そのお蔭で枕元にはハードカバーの本達がたんまりと山積みされています。これは私にとってこの上なく幸せなことです。現在進行形で読んでいる小説の世界観に浸りながらも随筆やエッセイを小休憩のように手にしてみること、その日の気分で「これ」という短編小説のページを開くなど、その時々のモチベーションと作品が相まっていることに気付かされます。こんな日々を過ごしていることに幸せを感じることも少なくありません。
昨晩、長編小説を完読しました。人の心の移ろいを丁寧に描いていて、恋人同士である男女が過ごす時間がとてもゆっくりと流れる素敵な作品でした。この小説を読んでいると気持ちが洗練されてゆくのが分かり、私もこんな風に誰かを好きになりたいと思ったのでした。そのため読み終えた後も余韻が残っていて、清々しい気持ちで朝を迎えることができたのでした。
今日もまた新しい物語のページを開こうとしています。そこにどんなストーリーが広がっているのかをイメージすると楽しみで仕方ありません。これからもどうかこんな穏やかな時間を続くことを心から願っています。