いつだって文学は新しい刺激を与えてくれるもの

読書をすることがかけがえのない時間だと知ってからというもの、様々なジャンルの本を読んできました。今まで出会ってきた作品は私の心の中にずっとあり続けており、濃厚な恋愛を描いたもの、主人公のキャラクターが際立った短編小説、生きてゆく中で大切なことを学んだ純文学など挙げればきりがありません。中でも「こんな破天荒でクールな生き方をしてみたい」と心から思う人物が登場する小説は、心に残っていて陰ながら目標としているものが幾つかあるものです。そして10代から20代の感受性が強く、目まぐるしく変わる心と向き合いつつも将来に不安を感じていた時に出会った小説の登場人物達は、潔さと人間らしさが備わっていながらもどこかはかない女性達が多かった気がします。そして彼女達からおしゃれをすること、お酒を飲んで楽しい夜を過ごすこと、好きな音楽に身を任せて踊ることを教わったのでした。
生きる快楽と楽しみを教わりつつも、その後の私に影響を与えた最も重要なセンテンスは「いかに自分らしく生きるか」だったと思います。当時読んでいた小説には、窮屈な世の中で生きることを全うしようとする美しい気怠さを持つ女性達がたくさん存在していたからです。
あれから年月が経った今でも、あの頃出会った本の中の女性達を思い出すことがあります。そんな時は今いる自分に変化が訪れるタイミングであったり、何か新しいことに挑戦したいと切望していたりと願望と密室に関わっていることを伺い知る事ができます。これらの作品達は、これから先もそんな私に刺激を与え続けるだろうと感じるのです。
どんなに年を取っても新しいスパイスを求めて文学に浸りながら現実の世界をもっと楽しくかつアグレッシブに生きる自分であり続けたいと思うのでした。

笑うクマのぬいぐるみ

私の部屋には2頭の熊のぬいぐるいがおります。口を開けて笑っている愛らしいアニマル達です。彼らとの出会いは十年位前に、大きな公園で開かれていたフリーマーケットでした。敷物の上に並んだ2匹がとても可愛くて一目惚れして購入したのでした。実はこの熊達にはたくさんの仲間がいます。というのも色や柄が異なる様々な種類があるからです。そもそもアメリカを代表するジャムバンドのファン達が、ライブへ行くための資金集めのためにデザインされ売られたのが発祥でステッカーやTシャツなど、ぬいぐるみ以外にも多数のグッズがあります。私はこのバンドのライブには一度も行ったことはありませんが、CDを聴きながら、緩くてピースフルな音をよく楽しんでいました。そして可愛いクマのキャラクターにも魅了され、ある時お気に入りの雑貨兼本屋さんで一冊の小さな本を見つけたのでした。そこには全種類のクマのキャラクター達が紹介されていて、全部を集めて記念写真を撮ったものやカラフルで斬新なイラストまでもが収められておりとても充実のラインナップになっておりました。笑顔のぬいぐるみを見ているだけで気持ちが優しくなるのを感じたし、このジャムバンドの自由なイメージが随所に散りばめられていたのも素敵でした。実を言うとこの本が今、部屋のどこに眠っているのか覚えておりません。でも探してまたページをめくりたいという衝動に駆られています。

再会を祝して味わった短編小説達

数日前のこと、図書館に行って数冊の本を借りました。いつものことながら新しい書籍との出会いに胸を弾ませながら館内の棚をくまなくチェックしました。その日の気分は「濃厚な長編小説の世界に浸ること」ということもあり、ページ数がたくさんある厚みのある本を探しました。しかし気分は変わり気が付くと、短編小説を集めた単行本を手にしていました。なぜあの時そんな気持ちになったのかは分かりませんが、以前からファンである男性作家が執筆した作品を借りることにしたのでした。帰宅後、読んでいたところ昔から知っているような不思議な感覚を覚えたのも束の間、数年前に読んだことを思い出しました。最も記憶に残っていたタイトルを目にした時にそのことに気付いたのは言うまでもありません。二度目の出会いとなったことを嬉しく思い、最後までこの書籍を楽しみました。作品に描かれている人の心の中にある孤独や闇は、いつ読んでも胸に響くものでした。またこの作家が持つ特有の世界は何度読んでも、全く違う形で自分の中に入ってくることを改めて知った貴重な時間でもありました。その日欲していた長編小説からシフトチェンジしてこの本を借りたことは何かの縁だと思い、再会をささやかに祝したのでした。

レコードショップで一目惚れのような出会いをしました

ある休日の午後にレコードショップへ出掛けました。家から近いターミナル駅にあるこのお店はワンフロアに様々なジャンルのCDや書籍が並び視聴器もたくさんあるので、最新の音楽事情を知るには持ってこいの場所です。また棚に置かれている書籍は音楽雑誌やミュージシャンが書いたコラムにエッセイ、音楽に馴染みが深いマンガもあるので面白そうなものは購入することもしばしばです。この日もいつものことながら雑誌を購入して、新譜チェックをおこないました。
以前から気になっていたジャパニーズレゲエアーティストのコンピレーションアルバムを聴いた時、一目惚れのような衝撃的な出会いをしたのでした。その曲の歌詞に描かれたメッセージは私の心を強く捉えたことは言うまでもありません。「オープンカーや高い石を身に着けてお金に恵まれたとしても虚しく堕落してゆく人がいること。決してお金では買えないもの、それは帰るべき場所があることや貧しくても心満ち足りた生活をすること」といったことが歌われていました。レゲエのリズムと女性シンガーのハスキーヴォイスのカッコよさはもちろんのこと、曲のメッセージについて深く考えさせられたのでした。
頭では分かっていても、目の前にある物欲やお金というリアルな問題に流されてしまい自分を見失うこともあるものです。高価な宝石を身に着け、毎日高級なディナーを食べている訳ではないので、リッチでセレブな暮らしはどういったものかは分かりませんが、一般庶民の私でもついつい目の前の利益に目がくらみ大切なことをないがしろにして後悔することも経験してきました。時折見せる弱さが心を支配しようとする時、この曲を思い出したら自分にとって大切なことをもう一度考えることが出来るのではないかと感じたのでした。

気になる職業は探偵

気になる職業に探偵があります。テレビドラマや小説にも登場して事件を解決する姿は、いつも私の心を虜にしてきました。どこか怪しくもあり謎を秘めたそのキャラクター達は、作品の大きなスパイスと言っても過言ではありません。色々な作品を観て読んできた中で、印象深く記憶に残る探偵が2人おります。どちらも魅力的で、全く正反対の性格を持つ主人公でもあります。まず一人は、黒いスーツとハットが似合う男性です。この方が活躍するテレビドラマを初めて観たとき一目惚れしたのでした。今から30年以上も前に放映されたドラマですが、センスの良さは天下一品で今みてもいい刺激を得ることができます。そのため時々DVDで鑑賞しながら、作品の世界観に酔いしれることもしばしばです。そしてもう一人は推理小説のヒロインで探偵業を営む女性です。クールで頭が切れて、でもどこか弱い部分を持っているためか憧れを抱きつつ、共感を覚えることも多々ありました。何よりもこの小説の躍動感とスピードあるスリリングなストーリーはページを開くと閉じることが出来ないほどに面白かったことを覚えています。
これからも素敵でカッコいい探偵達を開拓するために、様々な作品を鑑賞してゆきたいと思うのでした。

ショッピングモールで過ごした有意義な時間

久し振りに訪れたショッピングモールで、休日の遅い午後を過ごしました。夕方のモール内は親子連れやカップルで賑わっていて、明るく楽しい雰囲気です。私もアイスクリーム屋さんでコーンに二つの大きなアイスを乗せ童心に返ったように必死に食べました。これぞまさに休日の過ごし方といった感じで日が落ちる素敵な時を楽しんだのでした。
さて私がここを訪れたのには、大きな目的がありました。それは以前美容室で読んだ雑誌に掲載されていたバックとシューズのお店に行くためでした。女性向けのテッパンとも言える雑誌に載っていた綺麗なフォルムのバッグに一目惚れして、そのショップを訪れたいと強く思ったことがきっかけでした。何よりもゴージャス感漂う品物とは裏腹に優しいお値段に心惹かれたのは言うまでもありません。この日は念願のお店に足を運び、黒いシンプルなバッグを購入したのでした。今では私のマストアイテムとしてとても重宝しています。
美容室でたまたま手にした雑誌から知ったこのお店は私のお気に入りになりました。そのためまたショッピングモールでスイーツやランチを食べつつ、バックを買い物するという購買意欲を満たす有意義な時間を過ごすことが出来そうです。モールでの財布と心が緩んだ素敵な時間は、普段から雑誌などからファッション情報をチェックするようにアンテナを張り巡らすことの大切さを知る機会でもありました。

弁財天がおられる寺を訪れた休日

数ヶ月前の雨が降る週末のこと、お寺でお坊さんの説法を聴きながら美味しいお茶を楽しむ会に参加しました。この会に参加するために友人達と3台のタクシーに分かれて乗り、会場に向けて出発したのですが、幹線道路に面しているにも関わらずどのタクシーもそのお寺に辿り着けず、裏にある山を登り行き止まりで車が止まってしまいました。そこから歩くこと約5分、意外にも分かりやすいところにあった表門に辿り着いたのは、何だか不思議な思い出です。そして会に参加した何人かが同じように道に迷い、その山を越えてしまった方々もいたようで、これには意味があるように思えたものです。ここには水の神様である弁財天が祀られていて、小さなほこらがあります。私達はみなその祠の裏側に辿り着いてしまったようでした。そんなささやかなプニングがありましたが、由緒あるお寺で仏教のお話しを聴くことができたことは、とてもよい経験になりました。お坊さんの修行や悟りを開くことについての説法からは、日常生活での心の在り方についても考えさせられたものです。様々な宗派があり思考も多岐に渡っているようですが、この世で生きる私達はいつでも感謝をしつつ悪い事をしたらそれを認めて謝るという当たり前のことを心に置いて生きてゆくべきだと強く感じたものです。弁財天が祀られているお寺に行く日に雨が降っていたこと、やっと辿り着いたと場で聴いた奥深い話と美味しいもの達から、「自然の営みを受け入れること」や「生きること」そして楽しむことを学んだような気がしたのでした。

クレープに哀愁を込めて

こないだたくさんの人々が利用するターミナル駅の地下にある立ち飲み屋に行きました。午後の8時を回った土曜日の夜で、人の姿はまばらでした。いつも混んでいるのですが、週末のこの時間帯はみんな街に繰り出して思い思いに楽しんでいるのだと感じました。店内には一人でのんびりと過ごしている方が多く、どこか静かで居心地が良かったです。私はナッツとビールを頼み、トレーに乗せて店の奥のカウンターにとどまることにしました。喉の渇きを潤そうとビールをグイッと飲んだ次の瞬間、カウンターの端にある本に目が止まりました。そこにはお菓子のレシピについて書かれた数冊の本が並んでいたのです。店内で販売しているようで「見本」と書かれたその書籍を手に取り、ペラペラとめくってみることにしました。季節のお菓子と題して簡単に作ることが出来るレシピが載っており、その写真からも四季を感じたものです。何だかとっても懐かしくなり、「自分で作ったのはいつのことだろう」と遠い記憶の彼方に思いを馳せてみました。そして黒砂糖を用いて作る沖縄伝統のお菓子を目にした時、幼い頃に母と焼いたクレープが頭に浮かびました。缶詰のミカンや桃、バナナにたっぷりの生クリームを包んだあの甘くてジューシーなおやつを食べることは、幼少の私にとってまさに幸せな時間でした。生クリームをクレープの皮からはみ出んばかりに入れて口の周りを白くしながら食べたことは、とっても大切な思い出です。最近ではお洒落なカフェで見掛けるクレープやガレットですが、私の記憶にあるのは母と作ったあの味だったと哀愁に浸ったのでした。

ラストシーンが突き付けたもの

小説の面白さの一つに、「思いがけないラストシーン」があります。それは映画などの映像作品でも同じことが言えるかもしれません。最後まで息を着かせない程に馳走するストーリーの果てにある読者を裏切るような驚愕のラストは、完読しても余韻を残して胸の奥にいつまでも存在し続けるものです。
つい最近読んだミステリーも、切なくも驚きの結末が待ち受けていました。辛くも悲しい愛の物語は美しく幕を閉じると思ったのも束の間、皮肉にも人間の奥にある闇を暴いて終わりを向かえました。男女の三角関係の末、愛する男を殺した女性と共に逃避行したヒロインは、人里離れた島で隠れるように暮らし亡くなります。若い頃の悲恋と逃避行を胸にしまっておけず、死ぬ前にそのことを書き記し出版社へ送ります。そこには共に暮らしたロシアを亡命した女性のことが書かれていました。死ぬ前に書かれた出版社への記事はかつての恋敵でもあった彼女への復習だと強く感じたものです。勇敢で優しく強いヒロインでしたが、ふと覗かせた心の闇に勝つことは出来なかったのでしょう。しかし亡くなる前に復讐を後悔したためか、あの時送った原稿は全てウソだったという手紙を書くのですが命が着きそれを送ることなく物語は幕を閉じるのでした。
人間はそんなに強くないし、心の闇に勝てないこともあるのです。この作品は決して美談で終わらせず、闇の奥にある残酷さを突きつけたのでした。そして人の弱さやはかなさは読者である私の心に深く刻まれ、忘れられない作品として心にあり続けています。

映像作品を体感したイベント

何年も前から聴いている洋楽アーティストの映像作品を鑑賞できるイベントに行ってきました。訪れたイベントは公共施設でおこなわれたもので、バーチャルリアリティを駆使したモニターを見ながらアーティストの世界観を体感できるものでした。ブースの中でヘッドフォンを耳につけ、配られた機器を頭に装着して目と耳で360度の映像を肌で味わいます。そこには今まで体験したことのない世界が広がっていました。中でも立った状態でこれらの機器を装着して映像と音楽を楽しむブースでは、これまで観た事のない程に美しいバーチャルな作品が展開されました。この未知の時間は今でも脳裏に焼き付いており、生涯忘れることはない貴重なものになったと思います。
この女性ミュージシャンとの最初の出会いはまだ学生の頃でした。当時仲がよく今でも親交がある女友達は、ファッションセンスに強く惹かれていて18歳になった頃「この女性のファッションを目標に今年はセンスを磨く」と宣言したことは微笑ましい思い出でもあります。それから何年も経ち、好意を寄せていた男性から彼女の半生を綴った書籍を借りました。自分が好きなものが一緒だったことが嬉しくて、書籍を一生懸命読んでお互いの意見を交わしたものです。
あれから長い年月が過ぎて最先端の技術を駆使した環境で美しい映像作品を体感したことをとても感慨深く思います。またミュージックビデオを大画面で観ることが出来るブースでは、寝転びながらフカフカのクッションを頭に引いて鑑賞しました。どれも懐かしくてそれでいて美しくてずっとこの世界観に浸っていたいと思ったものです。
今まで生きてきて体験したこと、このイベントで味わった心に残る時間はどちらも生涯忘れることのない、貴重なことだと心から感じたのでした。